2005年4月1日、山之内製薬と藤沢薬品工業が合併し[1]、アステラス製薬が発足した。2年に一度の薬価引き下げで国内市場の拡大が見込めなくなる一方、欧米の大手は大型合併で研究開発の規模を引き上げており、国内3位と5位が単独で創薬投資を回収し続けることは難しくなっていた。合併基本合意の発表時点で、新会社の医薬品売上高は約8000億円となり、武田薬品工業に次ぐ国内2位・世界17位に上がる。MR数は約2400名で国内最大となる。竹中登一氏は合併決定後の取材で『やはり現状の700億円では足りない、ラフに見積もっても最低1000億円はないと駄目ですね』[引用元](週刊東洋経済 2004/04/17)と語っている。規模を作ることが、この合併の主眼の一つだった。
発足初年度から重複拠点の整理が始まった。2005年4月に製剤生産機能を統合・分社化してアステラス東海を設立し、翌2006年4[2]月には原薬製造機能を分社化してアステラスファーマケミカルズを設立した(両社は2011年4月にアステラス富山とともに統合され、アステラスファーマテックとなる)。組織は社長直属の本部をマネジメントの中心単位とする9本部制を敷き、本部長や主要ポスト[3]に旧山之内・旧藤沢の出身者を配した。数字の上での変化は明瞭で、山之内単独の最終期にあたる2005年3月期に売上高4471億円・従業員7196人だった規模は、合併第1期の2006年3月期に売上高8793億円・従業員14965人へと倍増し、2007年3月期には売上高9206億円・純利益1312[4]億円となった。
2008年4月には米国にアステラスファーマグローバルディベロップメントInc.を設立し、開発本社機能を米国に置いた[5]。竹中氏は合併決定時、海外大手から出資を伴う提携を持ちかけられても『本当にずっと日本で研究をさせてくれるか不安でした』[引用元](週刊東洋経済 2004/04/17)として応じず、日本を中心に研究を行い営業をグローバルに広げる構えを語っていた。その3年後に選ばれたのは、研究は国内に残しつつ、臨床開発の司令塔だけを世界最大の市場である米国へ移す分担である。合併を国内の重複整理で終わらせず、臨床開発の指揮を世界最大の市場の中に置いた判断は、当時の日本の大手製薬としては踏み込んだものだったとみられる。
合併直後からアステラスはがん領域への投資を加速した。2007年12月に米バイオベンチャーのアジェンシス[6]を約4億ドルで買収して抗体医薬の開発拠点を獲得し、2010年6月にはOSIファーマシューティカルズを約3700億円で買収した[7]。OSIは肺がん治療薬タルセバを擁し、合併後のアステラスにとって最大級のクロスボーダー買収となった。OSI買収で前立腺がん治療薬XTANDI(エンザルタミド)を中核資産として取り込み、それまで泌尿器・移植が中心だった事業構成をがん領域へ傾けた。大阪発の製薬会社が、米国市場を主戦場とするがん企業へ形を変える時期の判断である。がん領域へのパイプライン集中と、自社研究に閉じないクロスボーダーM&Aの組み合わせは、合併以降の経営の基調となった。
OSI買収の翌年にあたる2011年6月、野木森雅郁社長から畑中好彦氏[8]へ社長が交代した。合併初代の竹中・野木森ラインから3代目への移行は、グローバル化の遂行を担う世代交代で、買収後の統合実務を研究開発出身の畑中好彦社長が引き受けた。畑中体制では、2008年以降に設立したインド・ブラジル・オーストラリア・シンガポール・マレーシア各国[9]の販売子会社網を本格稼働させ、卸や代理店経由が中心だった海外販売を自社直販体制として新興国まで広げた。海外売上比率は高まり、米国と欧州を中核とする収益構造への移行がこの数年間で進んだ。米国での直販組織は、XTANDIの立ち上げを加速させる役割も担った。
OSI由来のXTANDIは去勢抵抗性前立腺がんの標準治療として世界各国で承認を獲得し、合併後のアステラスの収益を押し上げた。2012年3月期に売上収益9694億円だった連結業績は、2014年3月期に1兆1645億円、2016[10]年3月期には1兆3727億円・親会社の所有者に帰属する当期利益1936億円へ拡大し、合併以来の最高益を記録した。泌尿器領域で長年培った販売体制が、同じ前立腺領域のXTANDIと噛み合い、米国市場での立ち上げの速さを支えた。XTANDIが米国・欧州で伸びたことで、合併直後から積み上げた海外開発投資は回収段階に入り、合併の成果が定量的に現れた時期である。ピーク時の世界売上は同社全体の3割超を占め、単一製品への依存の大きさも同時に浮き彫りになった。
ピーク収益に達するのと前後して、次の種も播かれた。2013年10月に米Amgenとの合弁アステラス・アムジェン・バイオファーマが業務を開始し[11]、抗体医薬を中心とするバイオ医薬分野への本格参入を狙った。2016年2月には米オカタセラピューティクスを買収して眼科の細胞医療研究に参入し、同年12[12]月には独ガニメドファーマシューティカルズを買収してClaudin18.2標的のゾルベツキシマブ[13]を取り込んだ。合併前の両社が得意とした低分子創薬の延長ではなく、バイオ医薬・細胞医療・抗体医薬という異なる技術の組み合わせを短期間で揃えた点に、XTANDI依存からの脱却への危機感がにじむ。のちに重点領域となる眼科とがん抗体医薬の種は、この時期に揃った。
2017年5月、ベルギーのオジェダSAを買収し、女性ヘルス領域[14](子宮内膜症治療薬)の基盤を獲得した。翌2018年4月、畑中好彦社長から安川健司氏[15]へ社長が交代した。研究開発出身で、合併後の統合と海外展開を最前線で担った世代が経営の中心に立った。安川健司社長は就任後の取材で、自前主義では競争に勝てないとして外部のイノベーションを取り込む仕組みの構築を経営の柱に据える方針を明示し、旧2社の時代から続いた社内研究偏重を改め、外部導入と提携を軸に置く方針への転換を示した。合併以来続いた連続買収を、臨時の打ち手から常道へと制度化する宣言でもあった。
業績面では2017年3月期に売上収益1兆3117億円・純利益2187億円となり[16]、円高の進行や国内薬価改定の影響を受けつつ、合併直後の倍に近い純利益水準を維持した。XTANDIへの過度な依存と米国での特許切れリスクは2010年代後半から市場の関心となり、外部導入をさらに加速して次世代パイプラインを厚くすることが、安川体制の出発点の最大の課題だった。合併から安川体制の発足までの十年余りは、がん領域への選択と集中で最高益を実現すると同時に、その収益の先細りに備える時期でもあった。合併から十年余りを経て、アステラスは再び、次の成長の核を社外に求めて探す段階に戻った。外部導入を基本とする方針が、この後の連続買収を方向づけた。
2018年以降、安川体制は外部導入を矢継ぎ早に行った。2018年1月に米マイトブリッジ、同年12月に米ポテンザセラピューティクスを買収して[17]、ミトコンドリア疾患・がん免疫の研究シードを獲得した。2020年1月には米オーデンテスセラピューティクスを買収[18]し、遺伝子治療領域への本格参入を果たした。オーデンテスは神経筋疾患を対象とするアデノ随伴ウイルス(AAV)遺伝子治療のAT132を擁し[19]、この買収はアステラスにとって、これまでの低分子・抗体・細胞医療に続く新しい軸として遺伝子治療という未成熟な市場に踏み込む、新規モダリティへの賭けとなった。製造工程そのものが確立しきらない領域に、買収対価を先行投入した判断である。
しかしAT132は、臨床試験での有害事象と製造プロセスをめぐる課題が重なり、開発計画が遅延した。子会社名はアステラスジーンセラピーズへ改められ[20]、社内ガバナンスの再構築が進んだ。2021年3月期の連結売上収益は1兆2495億円・純利益1206[21]億円に低下し、為替やXTANDI米国売上の頭打ちに加え、新規モダリティ買収の収益貢献が見えにくい状況が続いた。安川健司社長は外部導入路線を続ける一方で、買収後の統合と開発リスクの管理という、従来のアステラスには経験の薄い課題を抱え込んだ。遺伝子治療という新しい領域は、同社の従来の開発体制にも見直しを迫る規模の試行錯誤を必要とした。
2022年3月期、アステラスはXTANDIに続く成長製品として、尿路上皮がん治療薬パドセブ、急性骨髄性白血病治療薬ゾスパタ、腎性貧血治療薬エベレンゾを『重点戦略製品』に位置づけた。2022年3月期1Q時点でのコア営業利益は前年同期比12%減の553億円となり、米国インフレ抑制法への対応やXTANDIの患者支援プログラム拡大が米国売上の下押し要因となるなか、後継製品群の積み上げが急務となった。安川健司社長は社内文化改革を一段強め、社内に残るイノベーション阻害要因の根絶を自らの使命として明示した。外部導入という構造改革を支えるために、社内の側にも同時に手を入れた時期にあたる。
2016年に買収したガニメド由来のゾルベツキシマブ[22](Claudin18.2標的抗体)は、安川健司社長の在任中に胃がん臨床試験で有望データを示し、のちのVYLOYとして開花する素地ができた。オジェダ由来のフェゾリネタント(のちのVEOZAH)が更年期障害治療薬として米国申請段階に進み、女性ヘルスでの新領域開拓も動いた。安川期の外部導入は、買収から数年を経てパイプラインの形を取り始めたが、本格的な収益貢献はなお先送りされた。連続買収の成果が見え始めるまでには、モダリティごとの開発・製造・上市の長い準備期間が必要となる構造的な事情があった。買収の成果が決算に現れるまでの空白期間をどう埋めるかが、安川時代を通じた経営課題として残った。
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|---|---|---|---|---|
| 2005〜2016年2005年の発足と海外がん事業への賭け ── 合併からXTANDI最高益まで | 竹中登一 | 山之内製薬と藤沢薬品工業の合併によるアステラス製薬の誕生(2005年成立) 2005年4月、山之内製薬と藤沢薬品工業が合併し、新社名アステラス製薬として発足した案件。武田薬品に次ぐ国内第2位の製薬企業が誕生した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 竹中登一 | 竹中登一氏が初代社長に就任 | ★ | ||
| 野木森雅郁 | アジェンシスInc.を買収 | ★ | ||
| 野木森雅郁 | アステラスファーマグローバルディベロップメントInc.を設立 | ★ | ||
| 野木森雅郁 | アステラスファーマインディアPVT.Ltd.を設立 | ★ | ||
| 野木森雅郁 | アステラスファーマブラジルを設立 | ★ | ||
| 野木森雅郁 | 米OSIファーマシューティカルズへの同意なき買収(敵対的TOB) 2010年3月、アステラス製薬が米OSIファーマシューティカルズに1株52ドルの公開買付を仕掛けた経営判断。OSIの取締役会は同意せず、日本の製薬会社による米社への数少ない敵対的買収となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 野木森雅郁 | アステラスファーマテックが発足 | ★ | ||
| 畑中好彦 | 畑中好彦氏が社長に就任 | ★ | ||
| 畑中好彦 | アステラス・アムジェン・バイオファーマが業務開始 | ★ | ||
| 畑中好彦 | オカタセラピューティクスInc.を買収 | ★★ | ||
| 畑中好彦 | ガニメドファーマシューティカルズAGを買収 | ★★ | ||
| 2017〜2022年「自前主義では勝てない」 ── 安川体制の外部導入 | 畑中好彦 | オジェダSA(ベルギー)を買収 | ★ | |
| 畑中好彦 | マイトブリッジInc.を買収 | ★ | ||
| 安川健司 | 安川健司氏が社長に就任 | ★ | ||
| 安川健司 | ポテンザセラピューティクスInc.を買収 | ★ | ||
| 安川健司 | オーデンテスセラピューティクスInc.を買収 | ★★ | ||
| 安川健司 | アステラスファーマテックを吸収合併 | ★ | ||
| 2023〜2026年岡村期のIVERIC bio 約8000億円と連続買収の検証 | 岡村直樹 | 岡村直樹氏が社長に就任 | ★ | |
| 岡村直樹 | IVERIC bio, Inc.を買収 | ★★ | ||
| 岡村直樹 | FY23純利益が前年比83%減 | ★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(アステラス製薬)