米OSIファーマシューティカルズへの同意なき買収

敵対的TOB

主力薬の特許切れが迫るなか、アステラスはなぜ拒まれてもなお米がん企業を買いにいったのか

更新:

時期 2010年3月
意思決定者 野木森雅郁 社長
論点 特許切れを控えたパイプライン補強とがん領域への進出
概要
2010年3月、アステラス製薬が米OSIファーマシューティカルズに1株52ドルの公開買付を仕掛けた経営判断。OSIの取締役会は同意せず、日本の製薬会社による米社への数少ない敵対的買収となった。
背景
排尿障害改善薬ハルナールと免疫抑制薬プログラフという主力2品目が米国で相次いで特許切れを迎え、後発薬の攻勢で収益の先細りが避けられなかった。アステラスはがん領域を第3の柱に据える必要に迫られていた。
内容
OSIは「企業価値に見合わない」として当初提案を拒んだが、両社は秘密保持契約を結んで資産査定を行い、アステラスは買付価格を52ドルから57.50ドルへ引き上げた。5月に最終契約で合意し、敵対的買収は友好的買収へ転じた。総額は約40億ドル(約3700億円)にのぼった。
含意
肺がん治療薬タルセバを擁するOSIの獲得で、泌尿器・移植中心だった事業構成をがん領域へ傾けた。同意なき買収という強い手段を選んでも成し遂げるという、合併後のアステラスの戦略がここに表れた。
筆者の見解

同意なき買収という選択

この判断の核心は、拒まれてもなお買いにいったという一点にある。日本の製薬会社が米国の企業へ同意なき買収を仕掛ける例は少なく、防衛や価格つり上げの応酬になりかねない敵対的な手段は、本来は避けたい選択であったはずである。それでもアステラスが踏み込んだのは、主力2品目の特許切れという避けられない収益の細りを前に、がんという新しい柱を立ち上げる時間の余裕が乏しかったからだとみることができる。価格を52ドルから57.50ドルへ上乗せしてでも合意に持ち込んだ経緯には、この買収を成立させるほかないという事情がうかがえる。

もっとも、同意なき買収の是非は、成立の一点だけでは測りきれない。買い取った事業がその後の収益を支えたかどうか、上乗せした価格に見合う価値を生んだかどうかが、時間をかけて問われることになる。実際、OSI由来のがん事業は合併後のアステラスの業績を押し上げた一方で、特定の製品への依存という別の課題も後年に浮かび上がった。強い手段で獲得した事業をどう育て、どう分散させていくか——2010年の決断は、その後の経営に長く課題を残したとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

特許切れが迫る主力2品目

アステラス製薬の収益を支えていたのは、排尿障害改善薬ハルナール(米国名フローマックス)と、免疫抑制薬プログラフの2品目であった。いずれも米国で相次いで特許切れを迎え、後発薬の攻勢にさらされて売上が細ることが避けられなかった。特許で守られた期間に稼ぎ、その間に次の柱を育てるのが製薬業の常であり、主力品の期限切れを前に、アステラスは新たな収益源を早急に立ち上げる必要に迫られていた[1]

2005年に旧山之内製薬と旧藤沢薬品工業の合併で発足したアステラスにとって、この規模の投資は合併の成果でもあった。畑中好彦社長は後に、旧2社の時代には研究開発費の水準からがん領域へ単独で打って出る余力がなかったと振り返っている。合併によって多大な投資を戦えるだけの基盤ができたことが、次に述べる大型買収の前提にあった。特許切れという守りの課題を、事業構成の組み替えという攻めの一手で乗り越えようとする構図であった[2]

がんを第3の柱に据える

アステラスが次の柱に選んだのは、がん領域であった。2007年12月に米バイオベンチャーのアジェンシスを買収して抗体医薬の開発拠点を得たのに続き、狙いを定めたのが肺がん治療薬タルセバを持つ米OSIファーマシューティカルズであった。タルセバは分子標的薬として米国市場で確立した製品であり、これを取り込めば、泌尿器・移植を中心としてきた事業構成に、がんという新しい柱を一気に立ち上げられる見込みがあった。買収は、失われる収益を別の領域で埋め合わせる選択でもあった[3]

医薬品業界で国内2位のアステラスにとって、この買収は単なる規模拡大ではなかった。特許切れによる業績悪化のリスクを前に、開発競争が激化するがん領域へ自ら踏み込む決断であり、成否は抗がん剤市場での競合や価格の動向にも左右された。守りに回れば主力品とともに縮小しかねない状況で、アステラスはあえて競争の激しい領域へ攻め込む道を選んだ。その最初の関門が、OSIの経営陣をどう説得するかであった[4]

決断

52ドルの同意なきTOB

2010年3月1日、アステラスはOSIに対する公開買付の開始を発表した。当初の買付価格は1株52ドルであった。OSIの取締役会はこれを「企業価値に見合わない」として一貫して拒否し、買収は相手の同意を得ない敵対的なものとなった。日本の製薬会社が米国の企業に同意なき買収を仕掛ける事例は少なく、拒否をめぐってはOSIの株主が対応を問う動きも出るなど、交渉は当初から緊張をはらんで進んだ[5]

拒否をめぐっては、OSIの株主がアステラスとの関係で提訴に踏み切る動きも報じられた。敵対的な買収では、対象企業の経営陣が防衛策を講じたり、より高い価格を引き出そうと交渉を長引かせたりするのが通例であり、価格をめぐる駆け引きが避けられなかった。アステラスにとっては、いったん仕掛けた以上、価格をどこまで引き上げれば合意に届くのかを見極める段階に入っていた[6]

57.50ドルへ引き上げて合意

膠着を動かしたのは、情報開示と価格の見直しであった。両社は3月29日に秘密保持契約を締結し、アステラスはOSIの非公開情報を入手して資産を査定した。その結果を踏まえ、買付価格を当初の52ドルから57.50ドルへ引き上げ、5月16日(米国時間、日本では17日に発表)に最終契約を締結した。同意なき買収として始まった案件は、価格の上乗せと情報開示を経て、双方が合意する友好的な買収へと転じた[7]

合意した1株57.50ドルは、買付発表直前の2月26日終値37.02ドルに対して約55%のプレミアムにあたり、取引の総額は約40億ドル(約3700億円)にのぼった。特許切れで細る収益を、これだけの資金を投じてがん領域の獲得で補うという判断であり、規模の大きさがそのまま経営の覚悟を示していた。査定を経たうえでの上乗せは、拒否を切り崩すための必要な代価でもあった[8]

結果

93%の応募で成立したがん事業基盤

合意後の公開買付は、順を追って応募を集めた。米国時間6月2日に締め切った初回のTOBでは発行済み株式の約79%が応募し、その後に設けた追加の買付期間を経て、6月7日までに約93%が応募して買収が成立した。9割を超える株主が応じたことで、アステラスはOSIを子会社に収め、肺がん治療薬タルセバを擁するがん事業の基盤を米国市場で手にした。泌尿器・移植を中心としてきた事業構成は、この買収を境にがん領域へ傾いた[9]

買収の完了と時を同じくして、2010年6月には野木森雅郁社長から研究開発出身の畑中好彦氏へ社長が交代し、統合の実務は次の体制へ引き継がれた。OSI由来のがん事業はその後の収益を押し上げ、合併後のアステラスにとって最大級のクロスボーダー買収は、事業の中心を米国のがん領域へ移す転機となった。守りに追われた特許切れへの対応が、結果として会社の姿を変える契機になった[10]

出典・参考

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