中外製薬の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

資本の過半を渡す代わりに、創薬と初期開発だけを手元に残した。1966年3月期の無配転落と420名の早期退職は、外部の学術成果を製品化する運営の限界を示している。1970年代半ばから収益化の時期が見えない遺伝子組換え製剤ノイトロジンの研究が始まり、上市は1991年と着手から十数年を要した。その間の1987年には米アムジェン社からEPO特許訴訟を受け、1品目数百億円の後期臨床試験と海外の販売網を国内中堅では抱えられないことがはっきりする。2001年12月、スイスのロシュと戦略的アライアンスの基本契約を締結して株式の過半を渡し、2003年3月末の保有比率は50.13%に達した。上場と創薬の自律性を保つ条件と引き換えに後期開発と海外販売を相手へ委ねた分担が、この会社の現在の利益率を生んでいる。

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