塩野義製薬HIV合弁持分の英ViiV Healthcareへの移転と、ViiV株式10%の取得

米国の販売網を買った4年後、手代木功 氏はなぜ最大の新薬を自前で売らない形に組み替えたか

時期 2012年10月
意思決定者(推定) 手代木功 塩野義製薬 社長
論点 HIVフランチャイズの販売体制と収益モデル
概要
2012年10月29日、塩野義製薬が英ViiV Healthcare Ltd.との新たな枠組みについて最終契約を締結したと発表した経営判断。HIVインテグラーゼ阻害薬ドルテグラビルなどの権利を持つ合弁会社の持分50%をViiV社へ移転し、対価としてViiV社株式1,112株(10.0%)を取得する内容で、同月31日に取引を完了した。
背景
塩野義は2001年9月に英グラクソ・スミスクラインと合弁会社を設立し、のちにHIVインテグラーゼ阻害薬の共同研究を始めていた。2009年10月にGSKと米ファイザーがViiV社を設立したことで合弁はShionogi-ViiV Healthcareとなり、ドルテグラビルは第3相臨床試験の段階に入っていた。
内容
合弁持分を手放す代わりに、知的財産は塩野義が保持してViiV社へライセンスする形をとった。ロイヤリティ料率は平均10%台後半とされ、株式10%に応じた配当と取締役1名の指名権も得た。契約締結後のViiV社の持株比率はGSK76.5%、ファイザー13.5%、塩野義10.0%となった。
含意
会社は枠組み変更の理由に、2008年の米サイエル・ファーマ買収で米国販売拠点を得たため合弁を足がかりとする必要が薄れたこと、買収した拠点の販売はプライマリケアが中心でHIV治療薬とは販売形態が異なることを挙げた。自前の販売網を買った判断と、自前で売らないと決めた判断が、4年をおいて接続している。
筆者の見解

売る力を持たない会社の選び方

手放したのは合弁の持分であって、薬の知的財産ではなかった。この一点に、2012年の枠組み変更の性格が集約されている。塩野義製薬が引き受けたのは平均10%台後半という料率の受け取り手の立場であり、ViiV社が世界で売り伸ばすほど自社の利益が増える一方、その伸び方を自分では動かせない。売る力を持たない中堅製薬が、売る力を持つ相手に販売を委ね、代わりに創薬という一点で価値を握り続ける——4年前に約1,500億円で米国の販売網を買った会社が、最も大きな新薬でその販売網を使わないと決めた点に、この判断の割り切りがうかがえる。

ただ、この形は自社で選べる範囲を狭めもした。HIV事業の売上高は塩野義の連結売上には立たず、ロイヤリティと配当としてしか入ってこない。価格戦略も販売地域の優先順位も、決めるのはViiV社の側にある。2026年1月の追加出資で議決権を21.7%へ引き上げ、持分法適用関連会社としたのは、収益の源泉に対する発言権を薄いままにしておけないという判断だとみられる。10%の株主として14年を過ごしたことが、この会社に何を学ばせたかは、追加出資後の関係の運び方に表れていくといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

合弁で育てたインテグラーゼ阻害薬

塩野義製薬とHIV治療薬との関わりは、2001年9月に英グラクソ・スミスクラインと設立した合弁会社Shionogi-GSK Healthcareに始まる。当初は複数の疾患領域の開発化合物を共同で開発・販売する目的であったが、のちにHIVインテグラーゼ阻害薬の共同研究へと軸が移った。2009年10月、GSKと米ファイザーが両社のHIV治療薬を持ち寄って英国にViiV Healthcareを設立すると、GSKは合弁の持分をViiV社へ譲渡し、塩野義の相手方はGSKからViiV社へと入れ替わった[1][2]

合弁の中心にあったドルテグラビルは、2010年10月から4本の第3相臨床試験が走っていた。2012年4月に公表された未治療患者向けの試験では、48週投与後にウイルス量を抑えた患者の割合が既承認薬の85%に対し88%となり、非劣性が示された。承認申請を2012年中に行う日程が視野に入り、薬を世に出す段になって、誰がどう売るかという設計を決めておく必要が生じていた[3][4]

前提が変わった三つの事情

塩野義は枠組みを変えた理由を三つ挙げている。第一に、今後のHIV治療は複数のメカニズムを組み合わせた配合剤が主流になると見込まれ、インテグラーゼ阻害薬だけを資産とする合弁では取り扱いが複雑になること。第二に、2008年の米サイエル・ファーマ買収によって、合弁を足がかりに米国販売拠点を築くという当初の想定が不要になったこと。第三に、買収した拠点の販売はプライマリケア領域が中心で、高度な専門性を要するHIV治療薬とは販売形態が異なることであった[5]

販売網を持たない弱さは、それ以前から外部の目にも映っていた。1998年には日経産業新聞が、塩野義について市場の縮小した抗生物質を主力とするうえ国際化も立ち遅れ気味であると書いている。2001年2月のシオノギUSA設立、2008年10月のサイエル買収と、海外の足場は10年かけて積み上がったものの、その足場が万能ではないことが、HIV治療薬という専門領域で明らかになった。議論が始まったのは2011年の年末であった[6][7]

決断

合弁持分を株式に替える

2012年10月29日、塩野義製薬はViiV社との新たな枠組みについて最終契約を締結したと発表した。ドルテグラビルおよび関連製品に関する権利、すなわち合弁の50%持分をViiV社へ移転し、対価としてViiV社株式1,112株を取得する。所有割合は0%から10.0%となり、契約締結後のViiV社の持株比率はGSK76.5%、ファイザー13.5%、塩野義10.0%に組み替えられた。署名は英国時間の10月26日、取引完了は同31日の予定とされた[8][9]

手放したのは持分であって、薬そのものではなかった。知的財産は塩野義が継続して保持し、ViiV社へライセンスする形が採られている。塩野義は株式10%に応じた配当を受け取り、取締役1名の指名権を持つ。販売の枠組みが変わることにともない、ドルテグラビルと関連製品の販売高に応じたロイヤリティを受け取ることとされ、その料率は平均10%台後半と開示された。合剤についても原則として減額はないとされた[10]

売上を渡し、利益を受け取る設計

相手方のViiV社は、2011年12月期に売上高15億6,900万ポンド、営業利益8億2,400万ポンドを計上するHIV専業会社であった。この規模の販売体制を国内中堅の塩野義が自前で持つ選択肢は、現実には残されていない。売上として計上するか、ロイヤリティと配当として受け取るか——同じ薬から得るものの形を選ぶ判断であり、塩野義は後者を選んだ。会社は当時、この枠組みが業績に重要な影響を与えるものではないと見込むと説明していた[11][12]

販売権を他社に渡す経験を、塩野義はすでに積んでいた。2005年発売の高コレステロール血症薬クレストールでは、海外だけでなく日本の販売権まで英アストラゼネカに渡している。手代木功 氏は後年これを「大英断だった」と述べ、そのロイヤリティ収入が研究開発体制を変える時間を生んだと振り返った。HIVでも同じ形をとることは、会社にとって未知の賭けではなく、一度通った道の反復であった[13]

結果

ロイヤリティが利益の柱になる

枠組み変更から5年余りを経た2018年3月期、塩野義製薬の売上高は3,446億円と武田薬品工業の5分の1にとどまる一方、売上高営業利益率は33%と業界で突出した水準に達した。成長を牽引したのはViiV社が販売するHIV治療薬のトリーメクとテビケイで、販売高に応じたロイヤリティが入るうえ、自前で売るコストがかからない。クレストールのロイヤリティも含めた同期のロイヤリティ収入は、売上高の5割近くを占めるまでになっていた[14][15]

利益の伸び方は売上の伸び方と切り離された。営業利益は2009年3月期の320億円から2018年3月期には1,152億円へ拡大したのに対し、同じ期間の売上高は2,275億円から3,446億円までしか伸びていない。2008年3月期に1,150億円あった有利子負債は2019年3月期に社債9億円のみまで圧縮され、自己資本は3,419億円から6,673億円へほぼ倍増した。販売網を増やさずに利益が積み上がる構造が、財務にそのまま表れている[16][17]

10%から21.7%へ

2026年1月20日、塩野義製薬はGSKとファイザーからViiV社の議決権11.7%分を追加取得する契約を締結したと発表した。取得価額は21億2,500万米ドル、円換算で3,347億9,300万円にのぼり、議決権比率は10.0%から21.7%となる。契約締結後、ViiV社は塩野義の持分法適用関連会社となる予定とされた。2027年3月期以降は利益に貢献する見込みとしており、2012年に10%で始まった資本関係は14年をおいて一段深められた[18][19]

この間、塩野義とViiV社の関係は資本だけでなく開発でも続いた。2021年9月には第3世代のHIVインテグラーゼ阻害剤S-365598をViiV社へ導出するライセンス契約を結んでいる。ドルテグラビルの物質特許は米国で2028年ごろに満了すると推定されており、後続品を同じ相手へ渡し続けることが、ロイヤリティを軸とする収益構造を保つ条件となっている。2012年の判断は一度きりの取引ではなく、以後の創薬の出口をあらかじめ定めた面を持つ[20][21]

出典・参考

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