この決断の核心は、海外販売網という時間のかかる資産を、自前で積み上げる代わりに既存の会社ごと買って一挙に獲得した点にある。国内中堅の売上規模で米国の領域別営業組織をゼロから築くのは非現実的であり、社長就任直後の手代木氏は、1,566億円という大きな対価と引き換えに、動いている営業組織と販路を時間ごと取り込む道を選んだ。クレストール1品目での単独進出を避けるという守りの発想が、既存販売網の買収という攻めの手段に結びついた点に、この判断の設計がうかがえる。
その後の展開は、買収の意義が当初の想定どおりには進まないことも示している。2013年3月期には、抗HIV薬をめぐるViiV社との契約締結を機に米国事業の経営リソースの再配分が検討され、のれんと販売権等に408億35百万円の減損損失が計上された。取得時に積んだのれん796億円のうち、およそ3分の1がここで減少した計算になる。自社販売でトップラインを伸ばすという絵姿は、HIVロイヤリティを軸とする軽量な利益モデルの前に背景へ退き、サイエルを土台とする米国拠点は感染症特化戦略のなかで役割を定め直された。それでも、海外を導出頼みで通してきた会社が初めて自前の販売基盤を持った意味は小さくない。販売網を買うという選択が長い目でどう生きたかは、塩野義が感染症で世界と戦う体制を固めていく過程のなかで測られていくと推察される。