山之内製薬の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

特許を買う側から、特許を売る側へ移ることに社運を置いた。1950年に米ロシュ社、1954年に西独ベーリンガー社と技術提携し、導入品で三十年を伸ばした。導入では特許料が提携先へ流れ、売る地域も契約が決めた。1985年、自社創製のH2ブロッカー「ガスター」を発売して米メルク社へ技術を導出し。副作用の少なさで先行品との差がつき、国内の中堅が世界の大手へ技術を出す側に回っている。1989年3月には筑波研究センターを開設し、導入した特許で国産化する構造から離れる投資を続けた。この向きの転換が、のちに欧州で自社の名を掲げて売る体制まで会社を運んだ。

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