田辺製薬の歴史

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沿革

1678年に田邊屋五兵衞氏が大坂・土佐堀で掲げた「たなべや薬」の看板が起源。

1916年に輸入途絶を受けて薬品の国産化に着手し、心臓病薬ヘルベッサーは101カ国で販売された。輸出比率19%で業界最高だった老舗の製薬会社で、2007年に三菱ウェルファーマと合併し田辺三菱製薬となった。

1678年1943年1949年1997年/2002年2007年田邊屋五兵衞1678年大坂・土佐堀で創業田邊製薬1943年商号変更株式上場1949年上場田辺製薬1997年立石製薬を合併立石製薬1997年吸収合併大日本製薬2002年動物薬を営業譲渡三菱ウェルファーマ2007年合併
田辺製薬
歴代社長と長期業績(敬称略)
2007年3月期
連結
売上高
1,775億円
売上高純利益率
11.4%
売上高35億円売上高370億円売上高884億円売上高1,775億円純利益率3.2%純利益率1.7%純利益率11.4%1952/31957/31962/31967/31972/31977/31982/31987/31992/31997/32002/32007/32012/32017/32022/32027/3
  1. 田邊屋五兵衞、大坂・土佐堀に「たなべや薬」を看板に創業[1]創業
  2. 田辺五兵衞商店として薬種問屋を開業[2]
  3. 十一代田邊屋五兵衛が道修町(現本社の位置)に新店舗[3]
  4. 他社に先駆け洋薬の取り扱いを開始[3]
  5. 独ハイデン社製サリチル酸の一手販売権を取得[3]
  6. 大阪市北区南同心町に製薬場を建設[3]
  7. 大阪市北区本庄川崎町に最新式製薬工場を建設[3]
  8. 各種薬品の国産化に着手[4]
  9. 自社新薬第1号・止瀉剤アヂナミンを製造[3]
  10. 新薬部門と貿易部門を設置[3]
  11. 小野田工場(山口県)を建設[3]
  12. サリチル酸の生産を開始[4]
  13. 本庄工場に研究室を独立設置[3]
  14. エビオスを販売[3]
  15. 個人組織の田邊五兵衞商店を株式会社に改組[4]
  16. 大阪市淀川区加島に加島工場(現在の大阪工場)を建設[4]
  17. 第十四代田辺五兵衞氏が社長に就任[2]社長交代
  18. 加島工場内に大阪研究所を開設[4]
  19. 田邊製薬に商号変更[1]商号変更
  20. 戦災で中津工場が全焼し加島・本庄両工場も3割を焼失[2]
第1章サリチル酸の輸入途絶による問屋資本の製薬転化
売上高
  • 売上高
田辺製薬売上高—
  1. 特別経理会社の指定を受ける(1948年9月に再建整備計画が認可され、11月に指定解除)[2]
  2. 東京・大阪両証券取引所に株式を上場[4]上場
  3. 第1回デミング賞実施賞を受賞[3]
  4. チャールス・ファイザーとの折半出資でファイザー田辺を設立[2]
  5. 「テラマイシン」を生産[2]
  6. ベーリンガーゾーン社と鎮痙剤ブスコパンの一手販売契約を締結[3]
  7. 対血管剤アドナ(AC-17)を製造発売[3]
  8. 本庄工場を閉鎖[4]
  9. シンテックス社と副腎皮質ホルモン剤の一手販売契約を締結[3]
  10. 阪大微生物病研究会とワクチンの販売契約を締結[3]
  11. 東京工場・東京研究所を新設[4]
  12. アスパラギン酸製剤アスパラを製造発売[3]
  13. 台湾田辺製薬股份有限公司を設立[4]
  14. カリフォルニア州サンディエゴにタナベU.S.A.社を設立[4]
  15. インドネシア・バンドンにタナベ・アバディ社(のちタナベ インドネシア社)を設立[4]
  16. ベルギー・ブリュッセルにタナベ ヨーロッパ社を設立[4]
  17. カルシウム拮抗剤ヘルベッサーを発売[5]
  18. ジルチアゼム(ヘルベッサー)がFDAで製造販売許可[3]
  19. フランスにサンテラボ・タナベ シミイを設立[3]
  20. 台田薬品股份有限公司を設立[4]
第2章ニッパスの価格崩落からアミノ酸の独創薬へ
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
田辺製薬1984年4月期売上高1,431億円売上高当期純利益率3.1%
低迷期

1989年〜大手8社最下位と全社員への非常事態宣言

  1. 千畑一郎氏が社長に就任[6]社長交代
  2. サンテラボ・タナベ シミイのジルチアゼム原末工場が生産開始[3]
  3. 選択的β1アンタゴニストのメインテートを発売[7]
  4. 米国にタナベ リサーチ ラボラトリーズU.S.A.を設立[4]
  5. オランダにタナベファイナンスを設立[3]
  6. 卸への仕切価格を全国統一[6]
  7. セントコア社(米国)と提携契約を締結[3]
  8. 中国に天津田辺製薬有限公司を設立[4]
  9. 高血圧症治療剤タナトリルを発売[5]
  10. 天津田辺製薬の工場でヘルベッサーの生産開始[3]
  11. 東京工場を閉鎖[4]
  12. マレーシアにタナベセイヤクマレーシアを設立[3]
  13. 立石製薬を吸収合併[4]
  14. 田中登志於氏が社長に就任[8]社長交代
  15. 非常事態宣言[8]リストラ・構造改革
  16. 執行役員制度を導入[3]
  17. 立石工場を閉鎖[4]
  18. ジョンソン・エンド・ジョンソン社に「T-1095」の欧米での開発・販売権を供与[3]
  19. アレルギー性疾患治療剤タリオンを発売[5]
  20. 米国にタナベ ホールディング アメリカを設立[4]
売上高
  • 売上高
田辺製薬売上高—
転換期

2001年〜大正製薬との統合撤回と田辺三菱製薬の発足

  1. 大正製薬との統合破談[8]合併・経営統合
  2. レミケードを発売[9]
  3. 葉山夏樹氏が社長に就任[8]社長交代
  4. 動物薬事業を大日本製薬に営業譲渡[4]
  5. 米国にタナベ ファーマ デベロップメント アメリカを設立[4]
  6. 小野田工場を会社分割、山口田辺製薬を設立[4]
  7. ミールビックを発売(麻しんおよび風しんの予防)[5]
  8. 三菱ウェルファーマと合併契約書を締結[4]
  9. 三菱ウェルファーマとの合併により田辺三菱製薬が発足[8]
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
田辺製薬2007年3月期売上高1,775億円売上高経常利益率18.2%
出典・参考9件
出典・参考
  • [1]有価証券報告書(第103期・2007年6月提出)【沿革】
  • [2]会社銀行八十年史(1955年)「田辺製薬」
  • [3]田辺製薬 公式サイト「沿革」(2026年10月)
  • [4]有価証券報告書(2007年6月26日)
  • [5]会社IR「I.業績サマリー P.2」(2010年10月29日)
  • [6]日経ビジネス 1992年7月6日号「編集長インタビュー 千畑一郎氏[田辺製薬社長]薬価の引き下げもう限界 苦境打開は国際的な新薬で」
  • [7]会社IR「本資料に関するお問い合わせ」(2019年5月10日)
  • [8]日経ビジネス「新社長登場 田中登志於氏[田辺製薬]薬価下げ、「非常事態」宣言し社内に布石」(1998年2月2日)
  • [9]会社IR「本資料に関するお問い合わせ」(2011年5月10日)

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