医療用で1500億円を売る会社が、700億円強しか売らない会社に0.55で評価される。田辺製薬がのみ込めなかったのは、この数字そのものよりも、数字が決める順番であっただろう。統合後の利益はリポビタンDから出て、それが自社の研究開発へ回る。金を出す側が方針を決めるのが筋である以上、医療用の主導権を掌握するという田辺製薬側の前提は、資本の設計と最初から噛み合っていなかった。合意の時点で埋まっていなかった溝が、実務の部会で顕在化したにすぎない。
ただし、田辺製薬だけを責めても足りない。事業の重みと資本の重みが逆を向いた統合は、どちらの経営陣であっても同じところで詰まったであろう。破談から6年後、田辺製薬が選んだ相手は自社と同規模の事業会社ではなく、三菱ケミカルホールディングスという親会社を持つ三菱ウェルファーマであった。対等をうたって主導権を争うより、親会社の下に入って役割を決めてもらうほうが早い。2001年に埋まらなかった溝は、2007年には資本の構造そのものを変えることで回避されたといえる。