LIXILトステムとINAXの経営統合と純粋持株会社INAXトステム・ホールディングスの設立
単独で残るか、水回りを揃えて一兆円へ向かうか——新設住宅着工の急減が呼んだ住宅設備の再編
- 概要
- 2001年、アルミ建材首位のトステムと衛生陶器2位・タイル最大手のINAXが経営統合し、純粋持株会社の株式会社INAXトステム・ホールディングスが発足した経営判断。建材業界で初めて連結売上高1兆円をうかがう企業となった。
- 背景
- 新設住宅着工は1996年度の163万戸から120万戸程度へ落ち、170万戸体制の固定費を抱える資材・住設機器メーカーは軒並み苦しんでいた。トステムには衛生陶器という空白があり、INAXはTOTOとのシェア差から単独での展望を描けずにいた。
- 内容
- 2000年12月の伊奈輝三INAX会長の電話に始まり、2001年4月3日に統合で合意。同年10月1日にトステムが純粋持株会社へ移行して現業を分離し、10月21日に株式交換でINAXを傘下に収めた。会長に潮田健次郎氏、社長にINAXの水谷千加古氏が就いた。
- 含意
- 潮田氏は持株会社を統治の装置として使い、傘下30社の社長を唯一の株主の立場から点検した。連結売上高が1兆円を超えたのは2006年3月期で、統合から5年近くを要した。商号は2004年に住生活グループへ改まる。
相思相愛と呼ばれた統合の中身
相思相愛と評された統合だが、二社の動機の重さは同じではなかった。INAXは衛生陶器でTOTOの64%に対し28%にとどまり、単独での展望を描けないまま伊奈輝三会長の側から電話をかけている。対するトステムは、創業者の潮田健次郎氏が10年来掲げた一兆円企業の悲願を、163万戸から120万戸への着工減で危うくしていた。売り手の閉塞と買い手の焦りが同じ時期に重なったところに成立の条件があったとみることができる。
もっとも、掲げた一兆円は2002年3月期の8,335億円から2006年3月期の1兆577億円まで5年近くを要しており、統合の翌年に届いた数字ではなかった。それでも潮田氏は、傘下30社の社長を唯一の株主として点検する仕組みを持株会社に組み込み、旧財閥の本社に統治の型を求めていた。器を先に作り、そこへ会社を入れていく順序であったといえる。商号が住生活グループへ、事業会社がLIXILへと替わっても、この持株会社の仕組みは残った。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
一兆円という悲願
潮田健次郎氏は1949年に木製建具の製造で日本建具工業を興し、のちにアルミサッシへ進出して後発から業界首位へ上がった。1980年代には日鉄カーテンウォールや三井軽金属といった先発の名門を相次いで買い、異文化の企業を同化させてきた。10年ほど前から、21世紀初頭に1兆円企業になることを悲願として掲げていた[1][2]。
ところが足元の市場が縮んだ。新設住宅着工は消費税率引き上げ前の1996年度に163万戸まで伸びた後、反動と金融危機で急減し、当時は120万戸程度で低迷していた。170万戸体制の固定費を抱えた資材・住設機器メーカーは軒並み苦吟し、一兆円構想にも赤信号がともる。トステムは前年10月に東洋エクステリアや鈴木シャッター工業などを株式交換で子会社にし、連結の売上高を積み増していた[3][4]。
伊奈会長からの電話
トステムには手の出せない領域があった。衛生陶器はTOTOとINAXで92%を占め、水回り四点セットのうちトイレだけを持たない。工務店に機器を売るときトイレがなく洗面化粧台とのセット販売ができないと執行役員は語り、指をくわえて見ている状態だとされていた[5]。
声をかけたのはINAXの側であった。2000年12月、伊奈輝三会長が潮田氏に電話し、持株会社構想は素晴らしい発想だと語って連携を打診する。衛生陶器のシェアはTOTOの64%に対し28%と半分以下で、増改築需要の取り込みでも後れていた。伊奈氏は水谷千加古社長とともに、経営体力のある今のうちに将来を託せる相手と組もうと模索していた[6][7]。
決断
二段階で組んだ器
交渉は速かった。両会長の方向性が固まったのを受け、飛田英一トステム社長と水谷氏が2001年2月下旬から縁談を詰め、本格開始から1カ月余りの4月3日に合意を発表する。まず10月1日にトステムが純粋持株会社となって現業と子会社群を傘下に置き、10月21日にINAXと株式交換して共同持株会社とする段取りであった[8][9]。
実態はトステムによるINAXの吸収合併に近いと同時代の誌面は書いている。上場企業として残るのはトステム側の純粋持株会社であった。ただし役職の配分では対等性を前面に置き、共同持株会社の会長に潮田氏、副会長に伊奈氏と飛田氏、社長にINAXの水谷氏が就いた。商号は株式会社INAXトステム・ホールディングスとされた[10][11]。
三つの課題をまとめて解く
潮田氏がこの統合に託したのは売上高だけではなかった。同時代の誌面は、新たな成長への手がかり、住宅メーカーとの価格交渉力の強化、後継者問題の解決という三つの課題を一気に解く切り札であったと書いている。住宅メーカーは坪当たり平均54万円の取り分を広げるため建材・住設機器メーカーに値下げを求め、それが確執の種にもなっていた[12]。
後継の問題は具体的であった。長男の潮田洋一郎副社長は47歳、東京大学経済学部から米シカゴ大学大学院を出て持株会社構想を発案した人物だが、偉大な父の威光にかすみ求心力という点では力不足だと業界関係者に見られていた。飛田社長は潮田氏の義弟であり、洋一郎氏の後見役でもあった。当面は水谷氏が持株会社を率い、その間に洋一郎氏が政策立案を担う筋書きであった[13]。
結果
一兆円までの五年
発表時の見込みには届かなかった。同時代の誌面は2001年度の連結売上高を9,000億円程度と伝えていたが、2002年3月期の実績は8,335億円であった。経常利益は234億円、当期純利益は106億円。連結売上高が1兆円を超えたのは2006年3月期の1兆577億円で、統合から5年近くを要した[14][15]。
潮田氏は統合の先も見ていた。20兆円の住宅産業のうち10%にあたる2兆円を次の目標に置き、屋根材・給湯機器・照明器具・家庭用エレベーター・壁内装材など未進出の分野へ国内外のメーカーとの「強者連合」を広げる構えであった。2003年の取材でも、10年で連結売上高を2兆円へ倍増させる計画を語っている[16][17]。
持株会社に持たせた任命権
潮田氏は持株会社を統治の装置として使った。企業統治の核心は社長の任命権に尽きるとし、傘下30社の連結子会社について唯一の株主という立場から各社社長の成績を点検する。同業他社に比べてシェアが下がり利益が減っていれば社長を代えなければならない、と2003年の取材で述べている。数百年続いた旧財閥の本社に統治の型を求めた発想であった[18]。
株主への配分にも踏み込んだ。2003年5月22日に年40円配当の方針を表明すると株価は1,700円台へ上がり、配当利回りは約2.5%となる。発行済み株式数の9.6%にあたる3,212万株の自社株買いも進めていた。持株会社の商号は2004年10月に株式会社住生活グループへ改まり、2011年4月には事業会社が株式会社LIXILへ一本化される[19][20]。
- 日経ビジネス 2001年4月16日号「トステムとINAX、相思相愛の経営統合 潮田トステム会長10年越しの夢叶う」
- 週刊東洋経済 2001年4月14日号「[Lineup/TopNews]統合 トステム・INAXが統合 住設業界大再編の引き金に」
- 週刊東洋経済 2001年4月28日号「[企業レポート]INAXと「強者連合」潮田“住宅王国”の野望 トステム」
- 週刊東洋経済 2003年7月12日号「[KeyPerson]潮田健次郎 INAXトステム・ホールディングス会長 年40円へ大幅増配、「株主本位」掲げる真意」
- 株式会社住生活グループ 有価証券報告書(2006年3月期)
- 株式会社LIXILグループ 有価証券報告書(2012年3月期)