LIXIL米アメリカンスタンダード北米事業の取得と独グローエの買収
売り物が出ている今を逃さないか、自前の財務で構えるか——政投銀とのSPCを噛ませた過去最大の案件
- 概要
- 2013年、LIXILグループが米アメリカンスタンダードの北米事業を約531億円で、欧州の水栓金具最大手グローエを負債込み約3,800億円で相次いで取得し、水回り製品で北米・欧州の拠点を得た経営判断。
- 背景
- 2011年8月の藤森義明社長就任後、買収の速度が上がっていた。ただし売上高の伸びは買収分の積み上げに見えるとの指摘があり、水回りでは北米と欧州がほぼ空白のまま残っていた。海外売上高1兆円という中期目標との差は大きかった。
- 内容
- 6月にアメリカンスタンダードの北米事業の全株を5億4,200万ドルで取得すると発表。9月にはグローエ買収を発表し、日本政策投資銀行と議決権折半のSPCを通じて87.5%を握った。LIXILの出資は992億円にとどめ、既存借入はノンリコースローンへ移した。
- 含意
- 2016年にはグローエを完全子会社化し、2015年度の海外売上高は5,597億円に達した。一方でグローエ傘下の上場子会社ジョウユウが2015年に破産し、株式価値と債務保証で数百億円規模の損失が生じた。
器の巧みさと中身の重さ
2件の買収は財務の設計が際立っていた。負債込み3,800億円のグローエに対し、LIXILの持ち出しは992億円にとどまり、既存借入1,600億円はノンリコースローンへ移されている。政投銀と議決権を折半したことで連結の重さも先送りできた。売りに出ている今を逃せないという藤森義明氏の言葉どおり、時間を優先し、その代償を財務技術で薄めた設計であったとみることができる。
もっとも、器を軽くしても中身の重さは変わらなかった。グローエに付いてきた上場子会社ジョウユウの不正会計は、株式価値約250億円と債務保証最大約160億円の損失見込みとして表に出て、最終的に総額約660億円へ達している。買収前の調査でどこまで見えていたのかは外からは分からない。売り物が出ている好機を捉える速さと、買う相手の中身を見極める時間とは、同じ経営者のもとでは両立しにくいのかもしれない。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
買収で伸びた売上高
トステムとINAXの統合で生まれた同社の歴史は、買収に次ぐ買収であった。サンウエーブ工業や新日軽といった国内の大型案件が一巡すると海外企業の物色を本格化させ、2011年8月に米ゼネラル・エレクトリック幹部の藤森義明氏をトップに迎えてから速度が上がる。同年末にはカーテンウォール世界最大手のペルマスティリーザを買っていた[1]。
伸びの中身には疑問も向けられていた。2009年3月期に1兆円強だった売上高は2013年3月期に1兆4,364億円へ4割強増えたが、増加分は2011年末までに買収した企業の売上高合計4,124億円が加わっただけにも見える、と同時代の誌面は書いている。単純な足し算を超える効果が見えにくい、という証券アナリストの指摘も並んでいた[2]。
残っていた北米と欧州
水回り製品の地図には空白があった。2009年7月にINAXがA-S CHINA PLUMBINGなどの株式を取得し、中国と東南アジアの衛生陶器事業は傘下に入っていた。だが同じアメリカンスタンダードの名を冠する北米事業は他人の手にあり、欧州にも足場がなかった[3]。
北米のアメリカンスタンダードは衛生陶器で21%と首位、水回り製品全体でも2位のブランドであった。欧州のグローエは水栓金具で欧州シェア15%を握り、デザイン性を重んじる住宅設備業界で高級ブランドとして知られていた。いずれも買い足せば地図の空白がそのまま埋まる相手であった[4][5]。
決断
531億円で北米へ
2013年6月28日、LIXILグループはアメリカンスタンダードの北米事業を買うと発表した。全株式を5億4,200万ドル、約531億円で8月に取得する内容であった。有価証券報告書は同年8月にASD Americas Holding Corp.の株式を取得し、子会社19社を子会社化したと記している[6][7]。
続く9月26日午後8時すぎ、藤森氏はグローエ買収の記者会見に現れた。会見席には愛飲するコカ・コーラが置かれていた。アメリカンスタンダードに続くグローエの買収で水回り関連の一流の製品群が整い、全世界に拠点を確保した、アジア展開と合わせて世界最大の水回り製品メーカーになる基盤ができた、と藤森氏は述べている[8]。
政投銀と組んだ器
グローエは過去最大の案件であり、スキームも入り組んでいた。LIXILは日本政策投資銀行と議決権折半の特別目的会社を設け、そこを通じて株式の87.5%を取得する。SPCへの出資はLIXILが普通株と優先株で992億円、政投銀が議決権付き優先株で500億円、国内メガバンクが議決権なし優先株で490億円であった[9]。
グローエが抱える約1,600億円の借入は国内金融機関が組成するノンリコースローンへ切り替えられ、返済原資は同社のキャッシュフローに限られた。負債を含む取得額は約3,800億円になる。この段では持分法適用会社にしかならないが、藤森氏は売りに出ている今を逃せないとし、3〜5年で政投銀の持ち分を買い取って子会社化する筋書きを語っていた[10][11]。
結果
筋書き通りに進んだ部分
藤森氏はこの2件をもって海外の大型投資は小休止だと宣言し、2014年度までに海外売上高5,000億〜6,000億円は視野に入った、今後は内部成長で7,000億〜8,000億円を目指すと語った。2015年度の年商は1兆8,000億円台、うち海外は5,597億円、営業利益は562億円であり、宣言した水準にはおおむね届いた[12][13]。
資本の組み替えも筋書きに沿った。2016年7月、LIXILは共同出資者である日本政策投資銀行の出資分をすべて買い取り、3億8,500万ユーロ、約450億円を投じて9月30日付でグローエを完全子会社にすると発表する。3〜5年で買い取るという当初の想定より早い時期であった[14]。
付いてきた子会社
グローエには上場子会社があった。中国市場を担うジョウユウで、LIXILはグローエを通じて株式の72%を握っていた。2015年に不正会計が発覚し同社は破産を申請する。株式価値で約250億円、債務保証で最大約160億円の損失が生じる見込みだと当時のLIXILは説明していた[15]。
損失は最終的に総額約660億円に膨らんだ。同じ時期、2011年に32億円で買った上海美特幕墻も1シンガポールドルで売られ、追加出資分を含め60億円強の売却損となる。藤森氏は2016年6月15日の定時株主総会後に退任し、買収路線を敷いた潮田洋一郎氏は取締役会に残った[16]。
- 週刊東洋経済 2013年10月4日号「NEWS&REPORT 02 買収休止のリクシルは成長軌道に乗れるか」
- 週刊東洋経済 2016年6月11日号「ニュース最前線05 80円で中国子会社売却 LIXIL潮田流に綻び」
- 日本経済新聞(2013年6月28日)「LIXIL、米衛生陶器最大手買収 531億円かけ進出」
- 日本経済新聞(2015年5月22日)「LIXILグループ子会社のジョウユウ、破産申請へ」
- 日本経済新聞(2016年7月19日)「LIXIL、独グローエを完全子会社化へ 450億円で」
- 株式会社LIXILグループ 有価証券報告書(2014年3月期)