YKKの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

原価の決まる場所を、そのつど社内へ引き取ってきた。1949年12月、手植え方式では米国製の原価と品質に並べないと判断し、通商産業省へ2年半通って米国製の自動植え付け機4台の輸入許可を得た。代金3万5,000ドルは資本金19万8,000円の60倍を超え、うち1,200万円を日本興業銀行から借り入れている。1954年の欧米視察のあとはファスナーテープ用の紡績まで社内へ入れ、朝鮮戦争後の銅の高騰に対しては日立製作所と溶解・鋳造・加熱圧延を共同研究して、1958年に国内初のアルミ合金量産へ進んだ。外部から買えばトン44万円だった6ミリ丸は、自製で23万円まで下がる。原料から製品までを社内へ収めたことが、次に余ったアルミの使い道を探す問題を生んだ。

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