非上場と社員持株の継続(2003年・YKKの決断)
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YKK:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策YKKは創業以来、株式を公開していない。賞与の半分を社内預金に回し、入社3年以上の社員が株主になれる仕組みを敷き、株のほとんどを社員が持ち合ってきた。
何をなぜ決めたか:株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策
- 概要
YKKは創業以来、株式を公開していない。賞与の半分を社内預金に回し、入社3年以上の社員が株主になれる仕組みを敷き、株のほとんどを社員が持ち合ってきた。
- 背景
創業者の吉田忠雄氏は、株主とは事業に協力する人を指し、一緒に喜び苦しむ事業協力者であると考えた。その最たるものが一緒に働く従業員であり、損得で株を売買する人の手に自社株を渡したくないとして、証券会社からの上場の誘いを退けてきた。
- 内容
社員は賞与の半分を社内預金に積み、入社3年以上で株主になる。退職の際は株式を返す。1977年時点の配当は年18%だった。2017年3月期の大株主はYKK恒友会(従業員持株会)が18.52%、有限会社吉田興産が14.51%で、社員と創業家が資本を分け合う構造が続く。
いつ何が起きたか6件
筆者考察
考察
考察:開示する非上場という位置
非上場を選ぶ企業は珍しくないが、YKKの場合は有価証券報告書を出し続けている点で普通の未公開企業と異なる。社債などの発行によって開示義務を負う立場にあり、売上も利益も大株主も役員報酬も公開されている。上場によって得られるもののうち、情報開示の規律は非上場のまま引き受けてきたことになる。
引き受けなかったのは、株価という評価と資本市場からの圧力である。創業者の吉田忠雄氏は、自社株を損得で売買する人の手に渡すことを避けた。2003年に吉田忠裕氏が非上場を続けるかどうかを断定しなかったのは、先代の言い切りとは温度が違う。従業員持株会を筆頭に置く構造は、資本の出し手を社内に限る代わりに、外から大きな資金を入れる手段を閉じる。ファスニングとAPの二事業を世界71の国と地域で回す規模でなお設計が続くのは、必要な投資を自前の利益と借入でまかなえてきたためであり、試されるのは足りなくなったときである。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
参考文献
参考文献
参考
- 日本経済新聞「私の履歴書」1977年8月(吉田忠雄)
- YKK 有価証券報告書