JFEホールディングス の歴史

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創業 2002年
母体 日本鋼管+川崎製鉄
創業地 東京都千代田区
創業
2002年9月、川崎製鉄と日本鋼管が共同株式移転で経営統合し、両社の完全親会社としてJFEホールディングスが発足した。東京・大阪・名古屋の各証券取引所第一部へ上場し、旧両社の株式は同日に上場廃止となっている。統合比率は日本鋼管0.75対川崎製鉄1.00で、財務体質の良好だった川鉄が経営の実権を握った。翌2003年4月には両社の事業を会社分割し、JFEスチール・JFEエンジニアリング・JFE都市開発・JFE技研の4社へ再編している。1970年の新日本製鐵の誕生でできた最大手1社と追う4社という序列は、この統合で崩れた。
決断
量を増やして稼ぐ設計を、発足から20年かけて解体した。出発時は好況に備えて稼働率75%程度の設備を温存する上方弾力性の発想を退け、中国の需要拡大へ生産を振り向けた。2003年には無名の広州鋼鉄と提携して中国での現地生産に参入し、母材は日本から送り現地は冷延と表面処理に絞る垂直分業を組んでいる。2006年3月期には売上高3兆984億円・純利益3,259億円と当時の最高益を達成した。しかし2012年3月期の366億円に続き2020年3月期に1,977億円の最終赤字を出すと、設備そのものへ手が入る。2022年には倉敷の高炉1基を大型電炉へ置き換える方針を決め、2023年9月には京浜地区の上工程を休止して高炉を8基から7基へ減らした。量を追う構えを捨てたことが、固定費を年450億円減らし、高付加価値品比率を48%まで上げた。
現況
売上の6割を占める鉄鋼が、利益では商社事業に抜かれている。2026年3月期の売上高は4兆5,393億円、営業利益1,122億円、当期純利益702億円である。鉄鋼事業は売上2兆7,566億円と全体の61%を占めながらセグメント利益は380億円にとどまり、売上1兆1,990億円の商社事業が402億円を計上した。エンジニアリング事業は売上5,837億円で利益240億円である。2025年には米国の関税措置と中国の過剰輸出を受けて倉敷第3高炉を一時休止し、年間配当を110円から80円へ引き下げた。鉄鋼の採算が薄いまま電炉への転換と洋上風力向けモノパイルの製造へ投資を続けており、その原資を商社とエンジニアリングの利益が支えている。
競合
国内では高炉を減らし、海外では高級鋼の設備を増やしている。粗鋼の規模では住友金属工業と合併して規模を広げた日本製鉄を下回り、二社を統合して得た国内設備の削減も続いている。2023年に京浜地区の上工程を休止し、2025年には倉敷第3高炉を一時休止した。一方で2009年にインドのJSWスチールと包括提携を結び、2024年2月にはインドで方向性電磁鋼板の合弁J2ESを設立している。2022年に米CEMCO、2024年5月に米豪STUDCOを買収し、同月にはセルビアの電磁鋼板加工会社も設けた。神戸製鋼所は同じ時期に神戸製鉄所の上工程を休止したが、そちらは機械と電力へ収益源を分散させている。減らす場所を国内に、増やす場所を海外に分けたことが、国内需要の縮小と切り離した収益源を作った。
JFEホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2003年3月期2026年3月期

設立ストーリー 二社統合のもと中国特需で最高益に駆け上がった発足期 (2002年〜)

共同株式移転による発足と、協調体制からの決別

JFEホールディングスは2002年9月、川崎製鉄と日本鋼管(NKK)の共同株式移転[1]により両社の完全親会社として発足し、東京・大阪・名古屋の各証券取引所第一部に上場[2]した。旧両社の普通株式は同時に上場廃止[3]となった。

  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]2002年9月 川崎製鉄と日本鋼管の共同株式移転によりJFEホールディングス設立
    • [2]東京・大阪・名古屋の各証券取引所第一部へ上場
    • [3]旧両社の普通株式は上場廃止

設備を抱え続けた背景には業界の横並びがあり、江本寛治氏は『各社がシェアを変えないように調整し合う協調体制が出来上がっていた』[引用元]『90年代に鉄鋼業界を悪くした原因は何か、と問われれば、それは協調体制だと答えるしかない』[引用元](日経ビジネス 2004年1月5日号)と振り返っている。江本氏は1995年の川鉄社長就任会見で『もう横並びはやらん』[引用元]と宣言[4]し、変わるべき時期は石油危機直後の1970年代後半[5]だったとも述べた。

  • 日経ビジネス 2004年1月5日号
    • [4]江本寛治氏 1995年の川崎製鉄社長就任会見で横並びの否定を宣言
    • [5]江本寛治氏 変革の適期は石油危機直後の1970年代後半だったと回顧

2003年1月に両社の会社分割契約書締結を承認[6]し、同年4月、両社の事業を会社分割によりJFEスチール・JFEエンジニアリング・JFE都市開発・JFE技研の4社へ再編[7]した。同時に川崎マイクロエレクトロニクスを完全子会社とする会社分割[8]も実施している。

  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
    • [6]2003年1月 両社の会社分割契約書締結を承認
    • [7]2003年4月 JFEスチール・JFEエンジニアリング・JFE都市開発・JFE技研の4社へ再編
    • [8]2003年4月 川崎マイクロエレクトロニクスを完全子会社とする会社分割を実施
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]2002年9月 川崎製鉄と日本鋼管の共同株式移転によりJFEホールディングス設立
    • [2]東京・大阪・名古屋の各証券取引所第一部へ上場
    • [3]旧両社の普通株式は上場廃止
    • [6]2003年1月 両社の会社分割契約書締結を承認
    • [7]2003年4月 JFEスチール・JFEエンジニアリング・JFE都市開発・JFE技研の4社へ再編
    • [8]2003年4月 川崎マイクロエレクトロニクスを完全子会社とする会社分割を実施
  • 日経ビジネス 2004年1月5日号
    • [4]江本寛治氏 1995年の川崎製鉄社長就任会見で横並びの否定を宣言
    • [5]江本寛治氏 変革の適期は石油危機直後の1970年代後半だったと回顧

中国特需への反転と、広州での垂直分業

統合直後の経営陣に余裕はなく、『鉄鋼業界は数年前、地獄の淵まで見たわけです。JFEにしても、統合時には『収益第一』という経営方針しか出せなかったし、それ以外のことを考える余裕は全くなかった』[引用元]數土文夫氏・JFEスチール社長、日経ビジネス 2004年12月13日号)と振り返る状態から出発した。ところが世界の鉄鋼生産量は1999年まで約20年間7億トン台で推移[9]した後、2000年に8億トンを超え、2004年には10億5,000万トンに達する[10]とされた。中国の成長を軸に2億5,000万トンの新しい市場が現れた[11]計算になる。

  • 日経ビジネス 2004年12月13日号
    • [9]世界の鉄鋼生産量 1999年まで約20年間7億トン台
    • [10]世界の鉄鋼生産量 2000年に8億トン超・2004年に10億5,000万トン
    • [11]中国の成長を軸に2億5,000万トンの新市場が出現

數土氏は川崎製鉄社長への就任にあたり『ROSをミニマム10%にする』[引用元]との目標を掲げていた。戦後の日本の鉄鋼業の売上高経常利益率は平均2.5%程度[12]にとどまっており、守れない公約だと忠告する声もあったが、2004年度は15%台の見通し[13]となった。それでも數土氏は台湾の中国鋼鉄が35〜40%、韓国のポスコが25%程度[14]である点を挙げて『全然ダメ』[引用元]と評している。掲げたのはJFEスチールにしか作れない『オンリーワン』と、品質・量・コストで圧倒的に優位に立つ『ナンバーワン』の商品[15]を増やす方針で、統合時に売上高の6〜7%しかなかった比率は2004年度上期に15%へ達した[16]。普段は75%程度の稼働率にすぎない設備を好況に備えて温存する『上方弾力性』の発想[17]も、このとき退けられた。

  • 日経ビジネス 2004年12月13日号
    • [12]戦後の日本の鉄鋼業の売上高経常利益率 平均2.5%程度
    • [13]2004年度の売上高経常利益率見通し 15%台
    • [14]數土文夫氏 台湾中国鋼鉄35〜40%・韓国ポスコ25%程度と比べ自社水準を不十分と評価
    • [15]オンリーワン・ナンバーワン商品を増やす方針
    • [16]オンリーワン・ナンバーワン比率 統合時の売上高6〜7%から2004年度上期15%へ
    • [17]好況に備え低稼働率の設備を温存する「上方弾力性」の発想を否定

母材は日本から供給し現地は冷延・表面処理の下工程に絞る垂直分業[18]で、『鉄鋼生産の上工程に当たる製鉄・製鋼工程は技術の固まりだから、絶対に日本が守らなければならない』[引用元](江本寛治氏・JFEホールディングス会長、日経ビジネス 2004年1月5日号)という考え方に沿っていた。2006年3月期の連結売上高は3兆984億円[19]、当期純利益は3,259億円と、当時として過去最高[20]を記録した。

  • 日経ビジネス 2004年1月5日号
    • [18]母材は日本から供給し現地は下工程に絞る垂直分業
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第4期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [19]2006年3月期 連結売上高3兆984億円
    • [20]2006年3月期 当期純利益3,260億円(当時として過去最高)
  • 日経ビジネス 2004年12月13日号
    • [9]世界の鉄鋼生産量 1999年まで約20年間7億トン台
    • [10]世界の鉄鋼生産量 2000年に8億トン超・2004年に10億5,000万トン
    • [11]中国の成長を軸に2億5,000万トンの新市場が出現
    • [12]戦後の日本の鉄鋼業の売上高経常利益率 平均2.5%程度
    • [13]2004年度の売上高経常利益率見通し 15%台
    • [14]數土文夫氏 台湾中国鋼鉄35〜40%・韓国ポスコ25%程度と比べ自社水準を不十分と評価
    • [15]オンリーワン・ナンバーワン商品を増やす方針
    • [16]オンリーワン・ナンバーワン比率 統合時の売上高6〜7%から2004年度上期15%へ
    • [17]好況に備え低稼働率の設備を温存する「上方弾力性」の発想を否定
  • 日経ビジネス 2004年1月5日号
    • [18]母材は日本から供給し現地は下工程に絞る垂直分業
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第4期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [19]2006年3月期 連結売上高3兆984億円
    • [20]2006年3月期 当期純利益3,260億円(当時として過去最高)

発足後初の最終赤字と、事業の組み替え

2008年9月のリーマンショックで鉄鋼需要は急減し、2010年3月期の連結売上高は2兆8,443億円[21]、当期純利益は456億円まで縮小[22]した。2012年3月期には欧州債務危機・円高・タイ洪水が重なり、JFE発足後初の最終赤字となる純損失366億円[23]を計上した。2005年度に約16.7%あった売上高営業利益率[24]は2012年3月期には1.4%まで沈み[25]、中国特需期に積み上げた稼ぐ力は失われた。2010年4月には川崎製鉄出身の馬田一氏が代表取締役社長に就任[26]し、投資を絞りながら踏みとどまった。

  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [21]2010年3月期 連結売上高2兆8,443億円・当期純利益456億円
    • [22]2010年3月期 当期純利益456億円
    • [23]2012年3月期 JFE発足後初の最終赤字 純損失366億円
    • [25]2012年3月期の売上高営業利益率 1.4%
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第4期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [24]2005年度の売上高営業利益率 約16.7%
  • JFEホールディングス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [26]2010年4月 川崎製鉄出身の馬田一氏が代表取締役社長に就任

造船事業では2008年3月、日立造船とJFEエンジニアリングが保有する株式の取得によりユニバーサル造船を子会社化[27]した。2013年1月にはユニバーサル造船を存続会社としてIHIマリンユナイテッドと経営統合[28]し、ジャパンマリンユナイテッドを設立して持分法適用関連会社へ移した[29]。2009年4月にはJFE技研が持つエンジニアリング関連の研究機能をJFEエンジニアリングへ移転[30]するとともに、JFE技研本体をJFEスチールへ統合[31]している。2011年4月にはJFEスチールがJFE都市開発を吸収合併して保有不動産活用事業を承継[32]した。成長投資の原資が細るなかで、持株会社体制のスリム化と既存資産の組み替えが並行して進んだ。

  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
    • [27]2008年3月 日立造船とJFEエンジニアリング保有株式の取得によりユニバーサル造船を子会社化
    • [28]2013年1月 IHIマリンユナイテッドとの経営統合によりジャパンマリンユナイテッドを設立(持分法適用関連会社)
    • [29]ジャパンマリンユナイテッドは持分法適用関連会社
    • [30]2009年4月 JFE技研のエンジニアリング関連研究機能をJFEエンジニアリングへ移転しJFE技研をJFEスチールへ統合
    • [31]JFE技研本体をJFEスチールへ統合
    • [32]2011年4月 JFEスチールがJFE都市開発を吸収合併し保有不動産活用事業を承継
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [21]2010年3月期 連結売上高2兆8,443億円・当期純利益456億円
    • [22]2010年3月期 当期純利益456億円
    • [23]2012年3月期 JFE発足後初の最終赤字 純損失366億円
    • [25]2012年3月期の売上高営業利益率 1.4%
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第4期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [24]2005年度の売上高営業利益率 約16.7%
  • JFEホールディングス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [26]2010年4月 川崎製鉄出身の馬田一氏が代表取締役社長に就任
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
    • [27]2008年3月 日立造船とJFEエンジニアリング保有株式の取得によりユニバーサル造船を子会社化
    • [28]2013年1月 IHIマリンユナイテッドとの経営統合によりジャパンマリンユナイテッドを設立(持分法適用関連会社)
    • [29]ジャパンマリンユナイテッドは持分法適用関連会社
    • [30]2009年4月 JFE技研のエンジニアリング関連研究機能をJFEエンジニアリングへ移転しJFE技研をJFEスチールへ統合
    • [31]JFE技研本体をJFEスチールへ統合
    • [32]2011年4月 JFEスチールがJFE都市開発を吸収合併し保有不動産活用事業を承継

海外に求めた成長と、川鉄主導の人事

業績は一進一退が続き、2014年3月期には連結売上高3兆6,668億円・当期純利益1,023億円[33]と回復したが、2016年3月期には売上高3兆4,317億円・純利益336億円[34]へ再び沈んだ。

  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第14期(2016年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [33]2014年3月期 連結売上高3兆6,668億円・当期純利益1,023億円
    • [34]2016年3月期 売上高3兆4,317億円・純利益336億円

この間、社長は數土文夫氏(2005〜2010)、馬田一氏(2010〜2015)[35]林田英治氏(2015〜2019)、柿木厚司氏(2019〜2024)[36]と交代した。2012年7月には川崎マイクロエレクトロニクスの全株式をメガチップスへ譲渡[37]して非中核事業を整理し、同年10月にJFE商事を株式交換により完全子会社化[38]して、鉄鋼・エンジニアリング・商事の三事業による持株会社体制が整った。2019年3月期の連結売上高は3兆9,617億円、営業利益2,218億円、当期純利益1,642億円[39]で、中国特需期の水準には戻らないまま推移した。

  • JFEホールディングス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [35]歴代社長 數土文夫氏2005〜2010・馬田一氏2010〜2015・林田英治氏2015〜2019・柿木厚司氏2019〜2024
    • [36]林田英治氏2015〜2019・柿木厚司氏2019〜2024
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
    • [37]2012年7月 川崎マイクロエレクトロニクスの全株式をメガチップスへ譲渡
    • [38]2012年10月 JFE商事を株式交換により完全子会社化
  • JFEホールディングス 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [39]2019年3月期 連結売上高3兆9,617億円・営業利益2,218億円・当期純利益1,642億円
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第14期(2016年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [33]2014年3月期 連結売上高3兆6,668億円・当期純利益1,023億円
    • [34]2016年3月期 売上高3兆4,317億円・純利益336億円
  • JFEホールディングス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [35]歴代社長 數土文夫氏2005〜2010・馬田一氏2010〜2015・林田英治氏2015〜2019・柿木厚司氏2019〜2024
    • [36]林田英治氏2015〜2019・柿木厚司氏2019〜2024
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
    • [37]2012年7月 川崎マイクロエレクトロニクスの全株式をメガチップスへ譲渡
    • [38]2012年10月 JFE商事を株式交換により完全子会社化
  • JFEホールディングス 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [39]2019年3月期 連結売上高3兆9,617億円・営業利益2,218億円・当期純利益1,642億円

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JFEホールディングスの沿革2002〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
2002〜2008年二社統合のもと中国特需で最高益に駆け上がった発足期下垣内洋一川崎製鉄とNKK(日本鋼管)の経営統合とJFEホールディングス発足(2002年成立)

2002年9月、業界2位のNKK(日本鋼管)と同3位の川崎製鉄が株式移転で共同持株会社JFEホールディングスを設立し、鉄鋼大手は新日鉄とJFEの2強体制に移行した案件。

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★★★
下垣内洋一両社の会社分割契約書締結を承認
下垣内洋一事業会社をJFEスチール・JFEエンジニアリング・JFE都市開発・JFE技研に再編★★
下垣内洋一無名の広州鋼鉄と組み中国で自動車用鋼板の現地生産に踏み出す垂直分業

2003年9月、JFEホールディングス傘下のJFEスチールが中国・広州鋼鉄と合弁会社の設立を発表し(出資比率51%)、広州で自動車用鋼板の現地生産を始めた経営判断。高炉から熱延までの上工程を日本国内に残し、冷延・表面処理の下工程を現地合弁が担う垂直分業を海外戦略の基本に据えた。

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★★★
數土文夫數土文夫が代表取締役社長に就任
數土文夫日立造船とJFEエンジの保有株式取得によりユニバーサル造船を子会社化★★
2009〜2019年リーマンショックと中国過剰生産に挟まれた構造赤字の10年數土文夫JFE技研のエンジニアリング研究機能をJFEエンジへ移転
數土文夫JFE技研をJFEスチールへ統合
數土文夫インドJSWスチールとの包括提携

2009年12月、JFEスチールはインド民間鉄鋼最大手のJSWスチールと包括的な提携契約を締結した。自動車用高級鋼材の技術を供与し、日本で製造した半製品を供給する垂直分業を軸に、将来の資本参加までを視野に入れた。世界的な鉄鋼再編のなかで有力パートナーを欠いてきたJFEが、急成長するインド市場で反転攻勢を図った海外戦略の判断。

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★★★
馬田一馬田一が代表取締役社長に就任
馬田一JFEスチールがJFE都市開発を吸収合併し保有不動産活用事業を承継
馬田一初の当期純損失を計上
馬田一川崎マイクロエレクトロニクス全株式をメガチップスに譲渡
馬田一JFE商事を株式交換により完全子会社化★★
馬田一ジャパンマリンユナイテッドを設立★★
林田英治林田英治が代表取締役社長に就任
柿木厚司柿木厚司が代表取締役社長に就任
2020〜2025年二度目の最終赤字1,977億円が迫った京浜上工程休止の決断期柿木厚司初の最終赤字を計上(純損失▲1,977億円)★★
柿木厚司商号をジェイ エフ イー HDからJFEHDへ変更
柿木厚司倉敷の高炉1基を休止し大型電炉へ置き換える脱炭素の生産体制転換

2022年9月1日、JFEホールディングス傘下で国内鉄鋼2位のJFEスチールが、2027年度以降に岡山県・西日本製鉄所倉敷地区の高炉1基を休止し、同地区に新設する大型電炉へ置き換えると発表した経営判断。二酸化炭素の排出削減を目的に主力の高炉を止める、脱炭素を見据えた生産体制の転換である。

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★★★
柿木厚司京浜地区の上工程(高炉・製鋼)を休止★★
柿木厚司JSWと方向性電磁鋼板JV「J2ES」を設立
北野嘉久北野嘉久が代表取締役社長に就任
北野嘉久グループ事業利益倍増の長期ビジョンを公表
北野嘉久倉敷第3高炉をバンキング(一時休止)
出典・参考
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第4期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第14期(2016年3月期)【主要な経営指標等の推移】
  • JFEホールディングス 2024年3月期 決算説明会(2024年5月7日)
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
  • JFEホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
  • JFEホールディングス 有価証券報告書(役員の状況)
  • JFEホールディングス 有価証券報告書(連結損益計算書)
  • 日経ビジネス 2004年1月5日号
  • 日経ビジネス 2004年12月13日号

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