JFEホールディングスは2002年9月、川崎製鉄と日本鋼管(NKK)の共同株式移転[1]により両社の完全親会社として発足し、東京・大阪・名古屋の各証券取引所第一部に上場[2]した。旧両社の普通株式は同時に上場廃止[3]となった。
設備を抱え続けた背景には業界の横並びがあり、江本寛治氏は『各社がシェアを変えないように調整し合う協調体制が出来上がっていた』[引用元]『90年代に鉄鋼業界を悪くした原因は何か、と問われれば、それは協調体制だと答えるしかない』[引用元](日経ビジネス 2004年1月5日号)と振り返っている。江本氏は1995年の川鉄社長就任会見で『もう横並びはやらん』[引用元]と宣言[4]し、変わるべき時期は石油危機直後の1970年代後半[5]だったとも述べた。
2003年1月に両社の会社分割契約書締結を承認[6]し、同年4月、両社の事業を会社分割によりJFEスチール・JFEエンジニアリング・JFE都市開発・JFE技研の4社へ再編[7]した。同時に川崎マイクロエレクトロニクスを完全子会社とする会社分割[8]も実施している。
統合直後の経営陣に余裕はなく、『鉄鋼業界は数年前、地獄の淵まで見たわけです。JFEにしても、統合時には『収益第一』という経営方針しか出せなかったし、それ以外のことを考える余裕は全くなかった』[引用元](數土文夫氏・JFEスチール社長、日経ビジネス 2004年12月13日号)と振り返る状態から出発した。ところが世界の鉄鋼生産量は1999年まで約20年間7億トン台で推移[9]した後、2000年に8億トンを超え、2004年には10億5,000万トンに達する[10]とされた。中国の成長を軸に2億5,000万トンの新しい市場が現れた[11]計算になる。
數土氏は川崎製鉄社長への就任にあたり『ROSをミニマム10%にする』[引用元]との目標を掲げていた。戦後の日本の鉄鋼業の売上高経常利益率は平均2.5%程度[12]にとどまっており、守れない公約だと忠告する声もあったが、2004年度は15%台の見通し[13]となった。それでも數土氏は台湾の中国鋼鉄が35〜40%、韓国のポスコが25%程度[14]である点を挙げて『全然ダメ』[引用元]と評している。掲げたのはJFEスチールにしか作れない『オンリーワン』と、品質・量・コストで圧倒的に優位に立つ『ナンバーワン』の商品[15]を増やす方針で、統合時に売上高の6〜7%しかなかった比率は2004年度上期に15%へ達した[16]。普段は75%程度の稼働率にすぎない設備を好況に備えて温存する『上方弾力性』の発想[17]も、このとき退けられた。
母材は日本から供給し現地は冷延・表面処理の下工程に絞る垂直分業[18]で、『鉄鋼生産の上工程に当たる製鉄・製鋼工程は技術の固まりだから、絶対に日本が守らなければならない』[引用元](江本寛治氏・JFEホールディングス会長、日経ビジネス 2004年1月5日号)という考え方に沿っていた。2006年3月期の連結売上高は3兆984億円[19]、当期純利益は3,259億円と、当時として過去最高[20]を記録した。
2008年9月のリーマンショックで鉄鋼需要は急減し、2010年3月期の連結売上高は2兆8,443億円[21]、当期純利益は456億円まで縮小[22]した。2012年3月期には欧州債務危機・円高・タイ洪水が重なり、JFE発足後初の最終赤字となる純損失366億円[23]を計上した。2005年度に約16.7%あった売上高営業利益率[24]は2012年3月期には1.4%まで沈み[25]、中国特需期に積み上げた稼ぐ力は失われた。2010年4月には川崎製鉄出身の馬田一氏が代表取締役社長に就任[26]し、投資を絞りながら踏みとどまった。
造船事業では2008年3月、日立造船とJFEエンジニアリングが保有する株式の取得によりユニバーサル造船を子会社化[27]した。2013年1月にはユニバーサル造船を存続会社としてIHIマリンユナイテッドと経営統合[28]し、ジャパンマリンユナイテッドを設立して持分法適用関連会社へ移した[29]。2009年4月にはJFE技研が持つエンジニアリング関連の研究機能をJFEエンジニアリングへ移転[30]するとともに、JFE技研本体をJFEスチールへ統合[31]している。2011年4月にはJFEスチールがJFE都市開発を吸収合併して保有不動産活用事業を承継[32]した。成長投資の原資が細るなかで、持株会社体制のスリム化と既存資産の組み替えが並行して進んだ。
業績は一進一退が続き、2014年3月期には連結売上高3兆6,668億円・当期純利益1,023億円[33]と回復したが、2016年3月期には売上高3兆4,317億円・純利益336億円[34]へ再び沈んだ。
この間、社長は數土文夫氏(2005〜2010)、馬田一氏(2010〜2015)[35]、林田英治氏(2015〜2019)、柿木厚司氏(2019〜2024)[36]と交代した。2012年7月には川崎マイクロエレクトロニクスの全株式をメガチップスへ譲渡[37]して非中核事業を整理し、同年10月にJFE商事を株式交換により完全子会社化[38]して、鉄鋼・エンジニアリング・商事の三事業による持株会社体制が整った。2019年3月期の連結売上高は3兆9,617億円、営業利益2,218億円、当期純利益1,642億円[39]で、中国特需期の水準には戻らないまま推移した。
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|---|---|---|---|---|
| 2002〜2008年二社統合のもと中国特需で最高益に駆け上がった発足期 | 下垣内洋一 | 川崎製鉄とNKK(日本鋼管)の経営統合とJFEホールディングス発足(2002年成立) 2002年9月、業界2位のNKK(日本鋼管)と同3位の川崎製鉄が株式移転で共同持株会社JFEホールディングスを設立し、鉄鋼大手は新日鉄とJFEの2強体制に移行した案件。 詳細を読む | ★★★ | |
| 下垣内洋一 | 両社の会社分割契約書締結を承認 | ★ | ||
| 下垣内洋一 | 事業会社をJFEスチール・JFEエンジニアリング・JFE都市開発・JFE技研に再編 | ★★ | ||
| 下垣内洋一 | 無名の広州鋼鉄と組み中国で自動車用鋼板の現地生産に踏み出す垂直分業 2003年9月、JFEホールディングス傘下のJFEスチールが中国・広州鋼鉄と合弁会社の設立を発表し(出資比率51%)、広州で自動車用鋼板の現地生産を始めた経営判断。高炉から熱延までの上工程を日本国内に残し、冷延・表面処理の下工程を現地合弁が担う垂直分業を海外戦略の基本に据えた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 數土文夫 | 數土文夫が代表取締役社長に就任 | ★ | ||
| 數土文夫 | 日立造船とJFEエンジの保有株式取得によりユニバーサル造船を子会社化 | ★★ | ||
| 2009〜2019年リーマンショックと中国過剰生産に挟まれた構造赤字の10年 | 數土文夫 | JFE技研のエンジニアリング研究機能をJFEエンジへ移転 | ★ | |
| 數土文夫 | JFE技研をJFEスチールへ統合 | ★ | ||
| 數土文夫 | インドJSWスチールとの包括提携 2009年12月、JFEスチールはインド民間鉄鋼最大手のJSWスチールと包括的な提携契約を締結した。自動車用高級鋼材の技術を供与し、日本で製造した半製品を供給する垂直分業を軸に、将来の資本参加までを視野に入れた。世界的な鉄鋼再編のなかで有力パートナーを欠いてきたJFEが、急成長するインド市場で反転攻勢を図った海外戦略の判断。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 馬田一 | 馬田一が代表取締役社長に就任 | ★ | ||
| 馬田一 | JFEスチールがJFE都市開発を吸収合併し保有不動産活用事業を承継 | ★ | ||
| 馬田一 | 初の当期純損失を計上 | ★ | ||
| 馬田一 | 川崎マイクロエレクトロニクス全株式をメガチップスに譲渡 | ★ | ||
| 馬田一 | JFE商事を株式交換により完全子会社化 | ★★ | ||
| 馬田一 | ジャパンマリンユナイテッドを設立 | ★★ | ||
| 林田英治 | 林田英治が代表取締役社長に就任 | ★ | ||
| 柿木厚司 | 柿木厚司が代表取締役社長に就任 | ★ | ||
| 2020〜2025年二度目の最終赤字1,977億円が迫った京浜上工程休止の決断期 | 柿木厚司 | 初の最終赤字を計上(純損失▲1,977億円) | ★★ | |
| 柿木厚司 | 商号をジェイ エフ イー HDからJFEHDへ変更 | ★ | ||
| 柿木厚司 | 倉敷の高炉1基を休止し大型電炉へ置き換える脱炭素の生産体制転換 2022年9月1日、JFEホールディングス傘下で国内鉄鋼2位のJFEスチールが、2027年度以降に岡山県・西日本製鉄所倉敷地区の高炉1基を休止し、同地区に新設する大型電炉へ置き換えると発表した経営判断。二酸化炭素の排出削減を目的に主力の高炉を止める、脱炭素を見据えた生産体制の転換である。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 柿木厚司 | 京浜地区の上工程(高炉・製鋼)を休止 | ★★ | ||
| 柿木厚司 | JSWと方向性電磁鋼板JV「J2ES」を設立 | ★ | ||
| 北野嘉久 | 北野嘉久が代表取締役社長に就任 | ★ | ||
| 北野嘉久 | グループ事業利益倍増の長期ビジョンを公表 | ★ | ||
| 北野嘉久 | 倉敷第3高炉をバンキング(一時休止) | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(JFEホールディングス)