この判断の性格は、規模で追いつくのでなく供給の形で差をつける選択にあったといえる。最大手と組めば看板は得られるが、母材の供給元としての立場は薄まる。JFEは無名の相手を選び、上工程を国内に握ったまま下工程だけを海外へ出すことで、国内高炉の稼働率と海外の販路を一本の線で結んだ。名よりも実という言葉は、手札の少なさを戦略の一貫性へ読み替える試みであっただろう。
一方で、下工程中心の増強は利益構造を厚くしても、粗鋼生産量という規模の指標を押し上げるわけではない。世界再編が上工程の統合を軸に進むなか、枝の太さだけで長期の競争に耐えられるかは、当時なお見通しにくかった。中国での現地生産は後年の高付加価値品戦略へつながった一方、海外高炉への本格進出には踏み込まなかった。この抑制がどう作用したのかは、その後の海外事業の展開に照らして評価される段階にあるとみられる。