JFEの海外戦略は、手持ちの札の少なさから生まれた逆転の発想という性格を帯びていた。新日鉄が各国最大手と株式を持ち合う"枝の広がり"を築いたのに対し、JFEは母材を日本から供給して現地の合弁が下工程を担う"枝の太さ"で応じた。インドJSWとの提携も、自前の高炉を新興国へ建てる重い投資を避け、高級鋼の技術と半製品という自社の強みを梃子に成長市場へ食い込む発想の延長にあったといえる。孤立という弱みを、身軽さという別の理屈に置き換えた判断であった。
ただし、供給が需要を創り出すという提携時の楽観が、そのまま実を結んだと言い切るのは早い。低価格車が主流のインドで日本水準の高級鋼がどこまで採用されるかという当初からの疑問は、その後も鉄鋼各社が現地で明快な答えを出しにくかった論点である。JFEにとってインドは、資本参加を含む一貫製造の拠点というより、鉄源調達と技術供与を通じた緩やかな連携先という位置づけに落ち着いていった面がある。孤立を身軽さへ転じた戦略が新興市場でどこまで果実を生んだかは、なお長い目で見届ける段階にあると推察される。