オーナーシステムの導入(1987年・靴のマルトミの決断)

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論点 直営から販売委託へ転換するか
靴のマルトミ:業績の推移
売上高(億円)当期純利益率(%)
直営店を独立採算の販売委託店へ切り替える運営方式への転換

何をなぜ決めたか:直営店を独立採算の販売委託店へ切り替える運営方式への転換

概要

1987年3月、郊外型の靴店を全国に広げていた靴のマルトミが"独立採算制オーナーシステム"を採用し、直営店を独立採算の販売委託店へ移していった経営判断。それまで店舗はすべて直営で、オーナーの約5分の4は元の社員が占めた。

1988年2月時点で798店のうち429店がこの制度の加盟店となり、1989年4月20日現在では全883店の62%にあたる546店がオーナーシステムで動いていた。

背景

1店舗当たりの売上高は、1987年2月期まで7,900万円前後で伸び悩んでいた。富永光行社長は人口10万人に1店を郊外店の理想とし、全国で1,200店、同業を合わせれば1986年中にほぼ飽和に達するとみていた。

富永光行社長は 『人件費増と過当競争で思うように儲からなくなったとき考えた』 と明かし、将来の株式上場もにらんで増収増益の方策を探った。

内容

制度は社員のうち希望者に店と商品を貸し与え、保証金と加盟金を取って、店の運営を店長の裁量に任せる。マルトミが店舗・什器・商品を所有し続け、オーナーは販売を請け負う形をとる。土地や建物をオーナーが用意しなくてよい点で、通常のフランチャイズと異なる。

各店の粗利益の75%を販売手数料として毎月オーナーへ払い、オーナーはそこから家賃・光熱費・人件費を差し引いた残りを収入とする。価格決定権は本部が持ち、粗利の25%とノウハウ料を合わせた本部の取り分は売上の約10%となる。

含意

1店舗当たりの売上高は1989年2月期に8,830万円へ増え、経常利益は131万円から282万円へ115%増えた。一方で本部はオーナーの労働管理を一切せず、過密労働の懸念が残った。

同業のチヨダ靴店は同種のキャリアズシステムを実験段階にとどめ、9割以上を直営に保った。マルトミは1994年、閉鎖する店のほとんどを直営店とし、直営を50店程度に抑えて残りをオーナーシステムにする方針を示した。

いつ何が起きたか 6件
考察:意欲を制度で買うということ
考察

考察:意欲を制度で買うということ

この判断の中心にあるのは、店の数を増やす力から、1店の稼ぐ力へ経営の目盛りを付け替えたことにあると思われる。粗利の75%をオーナーへ渡し、本部の取り分を売上の約10%に抑える設計は、売れた分のほとんどを店に残す仕組みでもある。人を雇って管理する代わりに、意欲そのものを制度で引き出す道を選び、成果は1店当たり経常利益の131万円から282万円への伸びとなって表れた。

もっとも、この仕組みが持ちこたえる条件は、店が売れ続けることに置かれていた。売上が伸びる限りオーナーの手取りは増え、本部は労務も休日も抱えずに済む。売上が落ちれば、その減少はまずオーナーの収入から差し引かれる。1994年に180店の閉鎖が決まったとき、閉じられたのはほとんどが直営店で、余った人員にはオーナーになる道が示された。効率のよい仕組みが、環境が変わったときに誰の側へ負担を寄せるのか——その問いは、制度を作った時点では表に出ていなかったのだろう。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
参考文献

参考文献

参考
  • 日経ビジネス 1989年6月5日号
  • ヤノニュース 1989年3月5日号
  • ショッピングセンター 1986年8月号「トップは語る 新時代を創る専門店(22) "立地革命"で急成長を遂げた『靴のマルトミ』」
  • 日経ビジネス 1994年3月14日号
  • 日経ビジネス 1989年6月5日号(日経BP社)

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