靴のマルトミの歴史

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沿革

1950年に富永光行氏が名古屋市で創業した丸富靴店が起源。

量産させた既製靴で靴を日用品に変え、1979年に岐阜へ出した靴流通センターを郊外に全国出店した。1986年に靴販売で国内首位に立ったが、2005年にファーストリテイリングの傘下へ移った。

1950年1957年1975年1987年1990年1994年2000年丸富靴店1950年開業靴のマルトミ1957年設立郊外型の靴店1975年郊外店にシフト決断オーナーシステム1987年採用決断株式上場1990年名証に上場不採算店1994年180店を閉鎖決断靴のマルトミ2000年民事再生法を申請
  1. 丸富靴店を開業
  2. 靴のマルトミを設立
  3. 名駅地下街サンロード店を開店
  4. 掛け売りを禁止
  5. 従業員の不正が発覚
  6. 名駅西エスカ店を開店
  7. 靴のマルトミを設立
  8. 郊外ロードサイド店への転換販路・チャネル転換
  9. 靴流通センターを全国展開
第1章「下を向いて歩け」から始めた1足1000円の靴
売上高
  • 売上高
靴のマルトミ売上高—
就任年社長氏名役職名
  1. 全店舗にオンラインシステムを導入
  2. 郊外おもちゃ専門店「BANBAN」の展開開始
  3. 国内シェアNo.1[1]
  4. オーナーシステムの導入収益モデル転換
  5. 年間出店数が253店でピーク、総店舗数は798店[2]
  6. 名古屋証券取引所に株式上場
  7. 16期連続の増収増益を記録[3]
第2章1350万円で建てて年商1億円を取る店を量産する
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
靴のマルトミ1993年2月期売上高1,547億円売上高当期純利益率1.8%
就任年社長氏名役職名
低迷期

1994年〜17期ぶりの減益と180店舗の閉鎖

  1. 不採算店の一括閉鎖リストラ・構造改革
  2. 17期ぶりの減益
  3. 新事業年度の役員報酬と賞与を受け取らないと決定[3]
  4. BANBANを268店展開
  5. 売上高が1717億円でピーク[4]
  6. 最終赤字転落[5]赤字転落
  7. 不採算店舗380店を3年で閉鎖する経営改善計画を発表[6]
  8. 民事再生法の適用申請
第3章1850店の1割を閉じ、後手に回った整理を認める
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
靴のマルトミ1999年2月期売上高1,380億円売上高当期純利益率-2.2%
就任年社長氏名役職名
出典・参考6件
出典・参考
  • [1]日経ビジネス「独立採算制で店長に喝!」(1989年6月5日)
  • [2]日経ビジネス「靴のマルトミ直営店を独立採算に切り替え、「ヤル気」引き出す」(1989年6月5日)
  • [3]日経ビジネス「富永光行氏[靴のマルトミ社長]軌跡 後手後手の不採算店整理 180店閉鎖へ今は忍耐」(1994年3月14日)
  • [4]会社四季報(靴のマルトミ 1995年2月期〜2000年2月期実績)(2000年2月)
  • [5]日経ビジネス「後手後手の不採算店整理 180店閉鎖へ今は忍耐」(1994年3月14日)
  • [6]株式会社帝国データバンク 倒産速報(2000年12月20日)

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