ディスコ社内通貨Willによる個人単位の管理会計の導入

会計の単位をどこまで下ろすか——部門から個人へ移した社内市場の設計

更新:

時期 2011年
意思決定者(推定) 関家一馬 社長
論点 社内取引の仕組みと組織運営
概要
ディスコは2011年、社内通貨Willで社内取引を記録する管理会計の単位を、部門から個人まで下ろした。社内の仕事はオークション形式で落札され、業務や備品はすべて金額に換算される。1993年の管理会計導入から数えて三段階目にあたる。
背景
1993年に部門ごとの収支を見えるようにし、2003年には社内取引そのものを社内通貨で記録する部門Will会計へ進んでいた。並行して全部署に年5%以上の経費削減が課され、カイゼン活動もPIM活動として目標に落とされていた。
内容
工数や難易度で値が動き、嫌がられる仕事ほど落札価格が上がる。公式の説明ではWill会計はあくまで管理会計制度であり、人事評価は別の制度で行うと明記されている。賞与への反映は2014年度の3%分から始まった。
含意
現場の不公平感は薄れ、一人ひとりの評価はガラス張りになったと同時代の記事は書いている。関家一馬氏はユニークであることは狙っていないと述べており、目的は仕組みの目新しさではなく当事者を増やすことに置かれていた。
筆者の見解

値段を付ける相手を選ぶ

社内の仕事に値段を付けて売り買いさせる仕組みは、ふつう人事の制度として組まれる。ディスコがそうしなかったところに、この判断の芯がある。公式の説明はWill会計を管理会計制度と呼び、人事評価は別の制度で行うと明記した。誰にいくら払うかではなく、どの仕事にいくらの価値があるかを社員同士に決めさせる。嫌がられる仕事ほど落札価格が上がる設計は、上司の裁量で処理してきた不公平を価格へ移す試みであった。

ただ、この仕組みが業績を作ったとまでは言えない。2011年3月期から2026年3月期にかけての四倍を超える増収は、半導体そのものの需要に多くを負っている。賞与への反映も2014年度の3%から始まり、効かせ方は緩やかであった。個人Will会計が支えたのは利益の額というより、市況が振れても社員が自分の持ち場の収支を見続ける習慣だったとみられる。制度の派手さと、効いている場所は必ずしも一致しない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

見える化を細かくしていく

会計を社員に見せる試みは古い。公式の説明によれば、1993年に部門ごとの収支を可視化する管理会計を導入し、2003年には社内取引そのものを社内通貨Willで記録する部門Will会計へ進んでいる。並行して全部署には年5%以上の構造的な経費削減が課され、カイゼン活動もPIM活動という名で部署や業務の単位の目標に落とされていた。数字を配る先が、段階を追って細かくなった[1][2]

土台には1997年の「ディスコ・バリューズ」があった。上位の理念だけで18項目あり、「切る、削る、磨く技術によって遠い科学を身近な快適につなぐ」を筆頭に、解釈は300以上へ細分化されている。売り上げやシェア、規模の拡大を成長とはしないという一節もそこにあった。何を成果と呼ぶかを先に決めていたため、会計の単位を割っても物差しがぶれにくかったとみられる[3]

現場の声が届かないという違和感

関家一馬氏は1966年生まれで、米国留学を経て1989年にディスコへ入った。ソフトウエアのエンジニアとして働き、三年目には新規事業を担当するXプロジェクトのリーダーに就いている。1995年に取締役、2002年に常務、2009年4月から社長を務めた。若い頃からの違和感を、現場の意見が経営陣に届いていない、中間層がバイアスをかけていると本人は表現している[4][5]

常務の時期には、溝呂木斉社長の下で仕組み作りに加わった。従業員満足度を重んじて年5回のアンケートを実施し、現場の動きに配慮して働きがいの開発に特化した部署も置いている。一部の役員からはやりすぎではないかとも言われたが、手応えはあった。溝呂木斉氏からバトンを引き継いだ後、関家一馬氏はこの方向にさらにアクセルを踏み込んでいく[6]

決断

会計の単位を個人まで割る

2011年、Will会計は個人にも導入された。部署の全業務が見えるようになり、社員は自分がやりたい仕事をオークション形式で個別に落札する。工数や難易度で金額が動き、嫌がられる仕事ほど落札価格は吊り上がった。公式の説明では、業務やサービス、備品などをすべて金額に換算して収支を管理する独自の管理会計であり、他者へ業務を依頼するときにはWillを支払う[7][8]

効き目は、まず不公平感の側に出た。現場の不公平感は薄れ、一人ひとりの評価はガラス張りになったと2014年の記事は書いている。誰も引き受けたがらない仕事ほど値が上がるため、押し付けの解決を上司の裁量ではなく価格に委ねる設計であった。市場の仕組みを社内へ持ち込むという発想であり、始めた当初は抵抗する声もあった[9]

人事評価とは切り離す

設計のうえで、Will会計は人事評価の制度ではない。公式の説明は、Will会計は管理会計制度であり、人事評価は別の制度で行われ、Will収支はWill賞与の原資配分などに反映されると明記している。成果の測り方を人事の制度から切り離しておくことで、社内取引の値付けが評価をめぐる駆け引きへ変質するのを避けたとみられる[10]

賞与との接続は、段階を踏んでいる。導入から数年は、Will会計の成績上位者へ社内のフィットネスジムや備品の購入に使える社内通貨ポイントDISCAを与えるにとどめ、2014年度から賞与の3%分に成果を反映させた。賞与以外の評価へ広げるかどうかは社員の反応次第とされている。制度を一度に効かせず、反応を見ながら結び目を太くした[11]

結果

賞与へ通した後の姿

現在は、個人Will会計の収支が賞与の配分に直結している。公式の説明では、顧客や同僚などとより多くの価値交換を行い、付加価値の高い成果を生む従業員に多く賞与が配分される仕組みとされる。単体の平均年間給与は2014年3月期の688万円から2026年3月期の1,879万円へ上がった。業績連動の部分が大きく、市況と社内の収支が同時に効く構造になっている[12][13]

会社の規模も変わった。連結の従業員数は2011年3月期の2,565人から2026年3月期の5,547人へ、連結売上高は997億円から4,369億円へ増えている。人が倍になれば階層も増えるが、関家一馬氏は、何もしなければ一日一日会社は老化すると述べ、組織が官僚化しないかに目を光らせてきた。会計の単位を個人まで割ったのは、その警戒の裏返しでもあった[14][15]

ユニークを狙ってはいない

関家一馬氏は、制度の風変わりさを自ら誇らない。ユニークであることは狙っていない、ある課題に対するベストな解決策がたまたまユニークだった、と述べている。Will制度の本質については、社員それぞれが日常の企業活動を自分のこととして考えるかどうかであると語る。目新しさではなく、当事者の数を増やすことに主眼が置かれていた[16][17]

続けられた条件には、資本の形もある。関家一馬氏は、株主だけを重視する経営はしていない、ステークホルダーはすべて大事であり、特に従業員が気持ちよく働けることが何より重要だと述べ、オーナー家なので誰よりも株価を真剣に考えている、三十年後によい会社を残したいとも語っている。賞与への反映を数年かけて太くする進め方は、短い評価の周期の下では選びにくい[18]

出典・参考

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