マッキンゼー助言の事業部制導入(1983年・ヤマハの決断)

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論点事業部制の指揮系統をどう設計するか
ヤマハ:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
事業部制導入と社長直結の指揮系統

何をなぜ決めたか:事業部制導入と社長直結の指揮系統

概要

1983年、川上浩氏が父・川上源一氏から社長を承継すると同時に、マッキンゼーの助言で事業部制を導入した組織判断。事業を細分化して業績責任単位を小さく取り、その全部を社長直結の指揮系統に収めた。楽器から半導体・音響機器・リビング用品・スポーツ用品へ広がった事業ポートフォリオを、就任したばかりの社長が掌握するための設計であった。

背景

楽器の売上構成比は1974年10月期の79%から1984年4月期には60%へ下がり、多角化した事業をどう管理するかが課題になっていた。社長は1977年に川上家を離れて河島博氏へ渡ったが、1980年に川上源一氏が河島博社長を解任して復帰し、1983年に長男の川上浩氏が後継指名を受けた。

内容

川上浩社長は、事業部をまたいで見る役員や機能ごとの統括組織を設ける案が出ても退けた。狙いは、事業を小さく切り分けることで、新たに就任する社長でも中身をつかみやすく、管理もしやすくする点にあった。分け方は徹底していた。自動演奏ピアノという一品目のために、1987年には20人のピアノプレーヤ事業部まで設けている。

含意

1991年時点で事業部は10を数え、すべてが社長直結のまま横串の統括を欠いた。社長は各事業部長の管理に手一杯で、事業部長は自分の事業部の内側しか見なくなる。投資効率を示す有形固定資産営業利益率は1991年3月期に9.5%と上場製造業平均の半分以下にとどまり、1992年3月に事業部を統括する本部制へ移行した。

いつ何が起きたか7件
考察:10事業部への分割は、分権ではなく集権だった
考察

考察:10事業部への分割は、分権ではなく集権だった

この判断が解こうとしたのは多角化の管理手法ではなく、承継に伴う情報の非対称であったと思われる。父が河島博社長を解任して自ら埋め、3年後に譲った席に座った新社長にとって、半導体から家具まで広がった事業群は、業績も課題も社長の手元に集まらない対象だった。事業を細かく割り、一つずつ業績責任単位として社長へ結び直す設計は、その非対称を埋める手続きとして理にかなっている。事業部制は現場へ権限を下ろす分権の形式をとるが、ヤマハでは統括の階層を挟まず報告線を社長一人へ引いたため、実質は集権として働いた。1987年に単一商品のために事業部を1つ立てた徹底ぶりが、その性格を表している。

もっとも、報告線を集めた先の社長に、それを結び直す時間は残らなかった。各事業部長の管理で手一杯になれば、事業部間を提携させる仕事は誰の業績責任にも属さなくなる。音源技術を持つ電子機器事業部とAV機器事業部が同じ会社にありながら連携できなかったのは、担当者の能力ではなく指揮系統の設計に起因するのだろう。横串の統括を求める声を退けた川上浩社長の判断は、事業部の自律を前提とする分権論としては筋が通る。ただしその前提は各事業部が単独で開発と販売を賄える規模を持つことであり、10に割られたヤマハは満たしていなかった。1992年3月、指揮系統は事業部を統括する本部制へ改められた。

Yutaka Sugiura, 2026年9月
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図と表

ヤマハ:事業部制導入をはさむ売上高と利益の推移

売上高(億円)経常利益率(%)
ヤマハ:事業部制導入をはさむ売上高と利益の推移
(億円)売上高経常利益当期純利益備考
1978年4月期2,75912746
1979年4月期2,81915560
1980年4月期3,03816067河島博社長の退任直前の期。この経常利益が長く更新されない最高益となった
1981年4月期3,29614969
1982年4月期3,46213256
1983年4月期3,3498932川上浩氏が社長に就任し事業部制を導入。減収で経常利益は前期比3割減
1984年4月期3,38910635
1988年3月期3,918−54.1決算期変更後。経常利益は照合できていない
出所:会社年鑑 1986年版(日本楽器製造・単体) / ヤノニュース 1465号(ヤマハ・単体)
出所:会社年鑑 1986年版(日本楽器製造・単体) / ヤノニュース 1465号(ヤマハ・単体)

ヤマハ:製品別売上構成の変化

ヤマハ:製品別売上構成の変化
(%)1974年10月期1984年4月期備考
楽器79601984年はピアノ22・その他楽器22・エレクトーン16の合計
リビング1191974年はホーム・スポーツ用品として一括で計上されている
音響機器−9ステレオ。1974年は独立した区分が立てられていない
レクリェーション−5スポーツ用品。1974年はホーム・スポーツ用品に含まれる
金属その他47
その他691974年はその他と月謝収入の合計。1974年は半期、1984年は通期の構成比
出所:会社年鑑 1976年版(日本楽器製造・単体) / 会社年鑑 1986年版(日本楽器製造・単体)
出所:会社年鑑 1976年版(日本楽器製造・単体) / 会社年鑑 1986年版(日本楽器製造・単体)

組織改編の条件

組織改編の条件
科目概要備考
導入した時期1983年川上浩氏が父・川上源一氏から社長を承継した年にあたる
助言したコンサルティング会社マッキンゼー
事業部の数10事業部1991年時点。1987年には単一商品のためにピアノプレーヤ事業部を新設した
指揮系統すべての事業部が社長に直結事業部を横断する役員・機能別の統括組織を置く案は採られなかった
狙い事業の細分化による可視化と管理新社長が事業の全体像をつかみやすく、統制も効かせやすい形に整えること
その後の見直し1992年3月に本部制へ移行細分化で事業部間の連携が働かず、統括する本部を上に置く体制へ改めた
出所:日経ビジネス 1991年12月23日号「ヤマハ 事業部制が不協和音――楽器に安住、多角化不発」(日経BP社)
出所:日経ビジネス 1991年12月23日号「ヤマハ 事業部制が不協和音――楽器に安住、多角化不発」(日経BP社)
参考文献

参考文献

参考
  • 日経ビジネス 1991年12月23日号(日経BP社)
  • 日経ビジネス 1990年6月11日号(日経BP社)
  • 日経ビジネス 1988年3月14日号(日経BP社)
  • 週刊東洋経済 1977年6月25日号(東洋経済新報社)
  • 会社年鑑 1976年版・1986年版(日本楽器製造・単体)

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