ヤマハヤマハの志摩・英虞湾の土地取得とレジャー事業への参入
- 概要
- 1962年、日本楽器製造はリゾート事業へ参入した。川上源一社長が真珠産業の没落した三重県志摩・英虞湾の土地を坪180〜200円で取得し、その地に合歓の郷を開設する。楽器で培った技術をグラスファイバー製の洋弓・スキー・モーターボートへ転用したのに続き、余暇需要そのものを自社で商う非関連多角化に踏み切った経営判断である。
- 背景
- 1953年の欧米視察で川上源一社長は、老舗ピアノメーカーが軒並み斜陽化する姿を見た。帰国後の国内では、テレビが新製品として並び、自動車も手の届く価格帯へ下りてきていた。ピアノと自動車が同一価格帯に並ぶ以上、競争相手は楽器メーカーではなく自動車と家庭電気製品だという競合の定義が、音楽教室と多角化を貫いた。
- 内容
- 取得したのは真珠産業が沈んだ志摩・英虞湾の一帯で、楽器の工場用地でも観光地の相場でもない価格だった。1962年10月末には資本金2億円の中日本観光開発へ60.0%を出資して主要関係会社に並べ、1968年には中日本観光と伊勢志摩開発の2社が関係会社に載る。1961年4月期の半期売上でボートの構成比は0.3%にすぎず、余暇向けの製品はまだ売上構成の周縁にあった。
- 含意
- 1972年の時点で土地の含み益は膨大な水準に達し、施設の営業採算とは別の勘定が投資を支えた。ヤマハ=高級というブランド・エクイティの形成にも合歓の郷が寄与している。レクリェーション事業は2007年10月に4施設の事業用資産と運営子会社株式を三井不動産リゾートへ譲渡して撤退した。
筆者の見解
宿泊施設への投資ではなく、英虞湾の用地への投資
この判断を施設への投資ではなく用地の取得として読み直すと、輪郭がはっきりする。坪180〜200円は真珠産業が沈んだ土地でしか成立しない取得価格で、川上源一社長が先に押さえたのは宿泊事業ではなく英虞湾の用地そのものだったとみられる。10年後、簿価と時価の差は含み益として数えられ、施設の営業採算とは別の勘定が投資を支えた。ヤマハ=高級というブランド・エクイティを補強する広告の役割も、同じ勘定に乗っている。取得の年月も開業の年月も会社は公表資料に残しておらず、投資条件を外部から検算できる案件でもない。単体の損益で採算を強く求められた投資ではなかったとみてよい。
もっとも、その勘定は地価が上昇し続けることを前提にしていた。前提が外れれば、宿泊事業は宿泊事業の営業採算だけで評価される。取得原価の低さという競争優位は、施設を保有し続ける固定費と稼働率の変動の前では効かない。楽器が本体の収益を賄うかぎり、この事業は損益計算書のなかに小さく収まっていた。ヤマハがレクリェーション事業の4施設を譲渡したのは2007年10月で、参入から45年が経っている。楽器の収益力が長く負担を吸収したからこそ、この事業は45年の猶予を得たとみられる。取得価格の低さが参入を可能にすると同時に、撤退の判断を遅らせた面もあったのではないか。
Yutaka Sugiura, 2026年9月
参入の条件
| 科目 | 概要 | 備考 |
|---|---|---|
| 事業の開始 | 1962年 | 会社が沿革にリゾート事業の開始として記す年 |
| 取得した土地 | 三重県志摩・英虞湾 | 真珠産業の没落という売り手の事情が重なった時期に取得した |
| 取得の時期 | 1962年ごろ | 1972年の記事が10年ほど前と記す伝聞。年月は確定していない |
| 取得価格 | 坪180〜200円 | 同じく伝聞。取得当時の価格として伝わる値 |
| 開いた施設 | 合歓の郷(三重県志摩・英虞湾) | 1972年時点で営業。開業の年月は公表資料で確認できない |
| 観光の関係会社 | 中日本観光開発(持株比率60.0%) | 1962年10月末で資本金2億円。主要関係会社に並ぶ |
| 開発の関係会社 | 伊勢志摩開発 | 1968年時点で中日本観光と並んで関係会社に載る |
| 狙い | 余暇需要とブランドの浸透 | ヤマハ=高級というブランド・エクイティの形成に合歓の郷が寄与した |
出所:ヤマハ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】/週刊東洋経済 1972年8月12日号/ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版
ヤマハ:売上高と経常利益の推移
| (億円) | 売上高 | 経常利益 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1961年4月期 | 198 | 6.28 | 4月・10月の半期決算。年鑑の年次値を単体で並べた |
| 1962年4月期 | 267 | 9 | リゾート事業を開始 |
| 1963年4月期 | 339 | 11.3 | |
| 1964年4月期 | − | 16.7 | 売上高は前後と接続しない値のため空けた |
| 1965年4月期 | 583 | 19.8 | |
| 1966年4月期 | 567 | 22.5 | |
| 1967年4月期 | 483 | 32 | |
| 1968年4月期 | 474 | 24.6 | |
| 1969年4月期 | 585 | 36.5 | |
| 1970年4月期 | 763 | − | 経常利益の記載がなく、当期純利益39.4億円だけが残る |
| 1971年4月期 | 912 | 85.7 |
経常利益
経常利益(億円)
参入前夜の製品別売上構成(1961年4月期・半期)。印はボート
- ピアノ 41%
- オルガン 27%
- 楽器半製品 7%
- オートバイ部品 1%
- ボート 0%
- その他 23%
出所:日本楽器製造 会社年鑑(1962年版・1965年版・1970年版・1986年版)・単体
同じ問いに直面した会社
- ヤマハ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- ヤマハ 有価証券報告書(2008年3月期)
- 週刊東洋経済 1972年8月12日号(東洋経済新報社)
- 週刊東洋経済 1977年6月25日号(東洋経済新報社)
- 日経ビジネス 1970年5月号(日経BP社)
- 日本経済新聞 1978年4月20日(日本経済新聞社)
- 企業の歴史 明治百年(1968年)「日本楽器製造」
- ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「日本楽器製造」(ダイヤモンド社)
- 株式会社年鑑 昭和37年版「日本楽器製造」
- 日本楽器製造 会社年鑑(1962年版・1965年版・1970年版・1986年版)