40年以上黒字にならない事業を抱え続けた判断は、通常の投資基準では説明がつかない。佐治自身は損得ではなく効用でこれを説明している。1977年の取材で、ビール参入が経営にもたらしたものを問われ、こう答えた。赤字事業が主力事業の緩みを正した、という見方になる。
この総括をそのまま受け取るには留保が要る。同じ効果を、より安い方法で得られなかったのかという問いは残るし、40年の赤字を許したのは非上場で創業家が9割の株式を握る資本構成でもあった。上場企業であれば、株主がこれほど長く待つ保証はない。もっとも、参入の読み自体は外れていない。洋酒事業は1983年をピークに下げ止まらなくなり、佐治信忠氏が備えようとした"会社の将来"への不安は現実になった。誤算は事業の必要性ではなく、黒字化に要する年数の見積もりのほうにあった。