1976年に春樹氏が語った狙いは、海外の翻訳物に手を出したところ映画と組み合わせた相乗効果で売れると判明したので、自社の手持ちの作品で同じことを試みるというもので、他社の映画ですでに確認されていた現象を再現しようとするものであった。新奇な着想ではなく、原作を持つ側が製作費と公開時期を握りにいった点に、この参入の性格がある。文庫のカラー表紙と同じく、既存の分業を無視したところに賭けがあったのだろう。
もっとも、松竹の奥山融専務のマーケットを知らない、日活の根本悌二専務の興業網を持っていないという評は、的を外していない。角川書店は劇場を持たず、犬神家の一族も東宝との提携なしには公開できなかった。私費5000万円を古代船に投じる気質と文庫の部数を数える算盤の同居も、他社には真似にくい。作品を持つことと、それを届ける場所を持つことは別であり、1976年の参入は前者だけで後者へ食い込めるかを試した例といえる。