佐々田正徳社長がこの事業へ踏み切った動機は、成長市場を見つけたという類のものではなく、本業の先細りへの危機感にあった。留守宅管理は転勤者が帰任すれば終わる契約で、企業が海外から引き揚げれば新規は入らない。手元に残るのは、大手企業約4,000社の人事部という取引の窓口だけであった。その窓口に別の商品を載せるという発想は、新分野への進出というより、すでに持っている関係の使い回しに近い。数年の赤字に耐えたのは、次の収益源の候補が他になかったからでもある。
事業を軌道に乗せたのは、自社の営業よりも金融危機と企業の資産リストラであった。保養所を売った会社が代わりの制度を探し、中小企業向けに設計された仕組みへ大企業が入ってきた。ただし、その時に差し出せる商品があったのは、佐々田正徳社長が中小企業を回った5、6年があったからにほかならない。9カ所のホテルと1つのスポーツ施設から始まった薄いカタログは、2025年3月期末に727万人の会員を抱える事業へ育った。