リログループ福利厚生代行「福利厚生倶楽部」の開始による第二の柱づくり
- 概要
- 1993年9月、日本リロケーションが企業の福利厚生を代行する会員制サービス『福利厚生倶楽部』を開始した。転勤者の留守宅管理で築いた企業人事部との取引関係の上に、会費収入を積み上げる第二の事業を載せた経営判断にあたる。
- 背景
- バブル崩壊後、国内企業の海外撤退で留守宅管理の新規受託が鈍った。転勤者は平均4年で帰任し、解約を上回る新規物件を取り続けなければ管理手数料が細る構造にあり、佐々田正徳社長は本業の先細りに直面していた。
- 内容
- 提携した宿泊・レジャー施設の利用権を会員制で従業員に提供し、会費は従業員100名以下の企業で1人月額1,000円、大企業で800円とした。保養所という固定資産の維持費を、従業員数に比例する月額費用へ置き換える設計であった。
- 含意
- 立ち上げから数年は赤字で、株主や取引金融機関は継続に反対した。事業を軌道に乗せたのは1998年以降の金融機関への公的資金注入で、保養所を手放した大企業が中小企業向けの仕組みへ流れ込み、会員は2025年3月期に727万人へ達した。
筆者の見解
名簿に別の商品を載せるということ
佐々田正徳社長がこの事業へ踏み切った動機は、成長市場を見つけたという類のものではなく、本業の先細りへの危機感にあった。留守宅管理は転勤者が帰任すれば終わる契約で、企業が海外から引き揚げれば新規は入らない。手元に残るのは、大手企業約4,000社の人事部という取引の窓口だけであった。その窓口に別の商品を載せるという発想は、新分野への進出というより、すでに持っている関係の使い回しに近い。数年の赤字に耐えたのは、次の柱の候補が他になかったからでもある。
事業を軌道に乗せたのは、自社の営業よりも金融危機と企業の資産リストラであった。保養所を売った会社が代わりの制度を探し、中小企業向けに設計された仕組みへ大企業が入ってきた。ただし、その時に差し出せる商品があったのは、佐々田正徳社長が中小企業を回った5、6年があったからにほかならない。9カ所のホテルと1つのスポーツ施設から始まった薄いカタログは、2025年3月期末に727万人の会員を抱える事業へ育った。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
- ヤノ・レポート 1985年11月号(690)
- 証券アナリストジャーナル 37(10) 1999年10月 佐々田正徳
- 日経ビジネス 2003年7月14日号
- リログループ 有価証券報告書【沿革】
- リログループ 2025年3月期 決算説明会(2025年5月8日)