この判断で新しかったのは、市場の発見ではなく、契約書の名義を自分に書き換えたことにある。留守宅管理では貸主の代理人にとどまり、収入は物件1件ごとの手数料であった。転貸では自らが借主となり、空室の期間も原状回復の費用も引き受ける。企業が払うのは、その面倒を外へ出す対価となる。人事部が抱えて処理しきれない仕事を聞き取って商品にするという手つきは、1993年の福利厚生倶楽部と同じであった。
引き受けた面倒は、そのまま管理の難しさとして返ってきた。転貸契約が1件、期をまたいだだけで上場以来初の営業減益になっている。月次の数字が翌月末に上がってくる体制のまま戸数だけが増えた結果であり、外部から招かれた斉藤尚史社長が最初に指摘したのもそこであった。留守宅を預かることから始めた会社は、2025年3月期末に27.8万戸の社宅を自ら借り、企業へ貸している。