DLJとの合併検討中断後の信用取引参入(2002年・マネックスグループの決断)

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マネックスグループ:業績の推移
売上高(億円)親会社株主に帰属する当期純利益率(%)
顧客保護を理由に見送ってきた貸株サービスの開始DLJディレクトSFG証券との合併の検討が2002年5月に中断し、マネックス証券は単独で黒字を計上する必要に迫られた。そこで同社は、個人の投資家にとって損になりかねない取引だとして避けてきた信用取引を手がけると、2002年6月に打ち出した。これはその方針転換の経営判断である。

何をなぜ決めたか:顧客保護を理由に見送ってきた貸株サービスの開始

概要

DLJディレクトSFG証券との合併の検討が2002年5月に中断し、マネックス証券は単独で黒字を計上する必要に迫られた。そこで同社は、個人の投資家にとって損になりかねない取引だとして避けてきた信用取引を手がけると、2002年6月に打ち出した。これはその方針転換の経営判断である。

背景

株式委託手数料に依存する低コストの設計で顧客数と預かり資産はオンライン証券首位に立っていたが、信用取引を持たないため約定件数で他社に劣り、2002年3月期に12億4,000万円の営業赤字を計上していた。

内容

2002年6月19日、株主総会の3日前に信用取引の開始を発表。同年10月に貸株サービスを始めて売り注文の株券調達に充て、年内に信用取引を開始した。初心者向けの勉強会と画面上のリスク表示を併せて用意した。

含意

顧客保護を理由に掲げた原則を、採算のために自ら降ろした判断であった。2003年3月末の信用口座は約4,000にとどまり、約定件数に占める比率も50〜60%に抑える方針で、規模の確保は翌年の日興ビーンズ証券との統合に持ち越された。

いつ何が起きたか9件
筆者考察
考察

考察:原則を降ろし、歯止めを残した

顧客数と預かり資産で首位にいながら、約定件数では信用取引を扱う各社に及ばず、2002年3月期には12億4,000万円の営業赤字を抱えていた。原因は、個人の投資家に損をさせかねない取引として信用取引を外してきたことにある。つまりマネックス証券にとって、この取引を扱わないことは思想の問題であり、同時に採算の問題でもあった。松本大社長が捨てたのは、扱わないという原則の側だった。DLJディレクトとの合併検討が中断し、原則と採算を両方守る手段がなくなったためである。

ただ、参入は業績をすぐには変えなかった。2003年3月末の信用口座は約4,000で、掲げた1〜2万口座には届かず、顧客の7〜8割は信用取引の未経験者であった。信用取引を収益の中心に位置づけないと決めた以上、採算は規模でしか改善できない。翌年の日興ビーンズ証券との統合は、その規模を外から買う判断であった。

Yutaka Sugiura, 2026年8月
参考文献

参考文献

参考

  • 証券アナリストジャーナル 2000年9月号 別冊付録 マネックス証券・松本大社長講演(2000年8月22日)
  • 証券アナリストジャーナル 2000年12月号 別冊付録 マネックス証券・松本大社長講演(2000年11月17日)
  • マネックス証券 2002年3月期 中間決算説明会 質疑応答(2001年10月17日)
  • マネックス証券 2003年3月期 中間決算説明会 質疑応答(2002年10月17日)
  • マネックス証券 2003年3月期 第3四半期決算説明会 質疑応答(2003年1月22日)
  • マネックス証券 2003年3月期 決算説明会 質疑応答(2003年4月21日)

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