決断
財閥の名を返上したまま、扱う商品と設備のほうを先に入れ替えた。1948年10月、占領下の措置に従って安田銀行から富士銀行へ改称し。1952年の平和条約発効で旧財閥商号の使用が解禁され、住友・三菱・三井の三行が旧称に復するなか、富士銀行は戻らなかった。"お客様の富士銀行"を合い言葉に、1959年にコンピュータを導入し、1960年には日本ダイナースクラブを設立して日本で初めてクレジットカード業務へ参入する。1962年には全店テレタイプシステムが完成して支店間の送金が2分で済むようになり、"為替の富士"と呼ばれた。1964年には住宅ローンの取扱いも始めている。商号を戻すより、扱う商品と事務の速さを替えるほうが早く財閥色を薄めた。
1998年11月 第一勧業富士信託に譲渡