山本頭取のこの一言が、救う相手と救わない相手を分ける線であった。線を引いたのは芙蓉グループとの距離ではない。安田信託には年金・カストディー・証券代行という1400億円の値がつく部門があり、大倉商事にも山一証券にも、切り出して売れるものは見当たらなかった。再建の絵が描けるかどうかは、突き詰めればそこで決まっただろう。
ただ、その線を引ききる体力が富士銀行にあったわけではない。1400億円の半分は第一勧業銀行が出し、当初案の資本注入は退けられ、価格も言い値から下げられている。救われる側の木南社長でさえ、一行依存を"軒先を借りているだけ"と退けた。系列の盟主が系列内で処理を完結できなかった事実は、分類債権比率6.4%という開示の数字よりも、当時の富士銀行の位置をよく示している。翌年の3行統合は、この提携の延長線上に生まれた。