三井住友フィナンシャルグループ の歴史

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創業 2002年
母体 三井住友銀行
創業地 東京都千代田区
創業
2002年12月、三井住友銀行が株式移転により持株会社の三井住友フィナンシャルグループを設立し、初代社長に西川善文氏が就任した。母体は2つの財閥系都市銀行で、1895年設立の住友銀行と、1876年開業の三井銀行を起点に1990年の太陽神戸三井銀行・1992年のさくら銀行へと中堅行を取り込みながら集約された三井系が、2001年4月に住友銀行と合併して三井住友銀行を発足させ、旧財閥の枠を越える初めての大手行合併となった。翌2003年3月には全額出資子会社の第二地方銀行・わかしお銀行に吸収され、存続会社となったわかしお銀行が三井住友銀行を名乗る。剰余金を残したまま資本金と資本準備金を保有株の含み損処理へ充てる、合併会計を用いた処理であった。
決断
他社が損失を出している局面で、買い手の側に回ってきた。2006年10月に約1兆5000億円の公的資金を完済したのち、2009年3月期に純損失3734億円を計上した直後の同年5月、金融危機で経営難に陥った米シティグループから日興コーディアル証券を5450億円で落札した。2012年4月には、過払い金返還と規制強化で縮んだ消費者金融最大手のプロミスを株式交換で完全子会社化し、個人向け金融をグループへ収めた。海外の投資銀行業務だけは自前で築かず、2021年に米ジェフリーズへ出資して提携で補った。買収を重ねられた条件は資本の余力にあり、合併から1年余りでの勘定系システム統合と、4年で出し切った不良債権処理が、他行より早くその余力を戻した。
現況
所在地別の経常収益は、すでに過半が日本の外で生まれている。2026年3月期の経常収益10兆7,909億円のうち日本は5兆518億円で、米州2兆5,685億円・アジアオセアニア1兆6,828億円・欧州中近東1兆4,878億円が残りを占める。この比重は、2013年のインドネシアBTPNへの出資に始まるアジアの地場銀行への資本参加と、外貨建て資産の金利水準が同時に効いた結果である。親会社株主に帰属する当期純利益は2024年3月期9,629億円、2025年3月期1兆1,780億円、2026年3月期1兆5,830億円と3期続けて最高益を更新し、公的資金1兆5000億円を抱えて出発した銀行が年間1兆円台を稼ぐ規模へ変わった。
競合
3メガのなかで、統合の速度がそのまま利益の差になった。三井住友は2002年に600億円で勘定系を一本化したのに対し、みずほフィナンシャルグループは同じ作業に10年以上を要し、2021年には障害の続発で業務改善命令を受けた。総資産では三菱UFJフィナンシャル・グループが上回り、タイのアユタヤ銀行や米モルガン・スタンレーへの出資でも先行しているため、三井住友は海外の投資銀行を提携で補う経路を選んだ。もっとも2022年にはSMBC日興証券が相場操縦で起訴され、買収で広げた証券業務がそのまま統治の負債にもなった。競争の焦点は貸出の規模ではなく、決済と資産運用で個人の口座をどれだけ抱えられるかへ移っている。

設立ストーリー 2001年の合併と、配当を守るための持株会社化 (2001年〜)

合併の完遂と、1年で終えた勘定系システムの一本化

2001年4月1日、住友銀行とさくら銀行が合併し[1]、三井住友銀行が発足した。旧財閥の枠を越えた大手行どうしの合併は、不良債権処理と情報システム投資の負担が単独で支えきれる水準を超えた末の選択だった。翌2002年には600億円を投じて両行の勘定系システム[2]を一本化し、一方の銀行のシステムを残してもう一方のデータを移す方式で統合[3]を終えた。みずほフィナンシャルグループが同じ作業に10年以上を費やしたのと比べると、合併から1年余りでの決着は際立って早い。

2002年12月、三井住友銀行は株式移転[4]により持株会社の三井住友フィナンシャルグループを設立し、初代社長に西川善文氏が就いた。

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [4]2002年12月に株式移転で三井住友フィナンシャルグループを設立し初代社長に西川善文が就いた

2003年3月、三井住友銀行は[5]全額出資子会社の第二地方銀行・わかしお銀行に吸収され、わかしお銀行が存続会社として『三井住友銀行』を名乗った。商法上、消滅会社の剰余金は存続会社にそのまま引き継げる一方、資本金と資本準備金は全額を引き継がずに保有株の含み損処理へ充てられる。三井住友FGの奥正之専務は『以前からアイデアとしてはあったが、そこまでやる必要はないと考えていた』[引用元]と語っている。

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [5]2003年3月に三井住友銀行とわかしお銀行が、わかしお銀行を存続会社として合併し商号を三井住友銀行に変更した

熊谷組処理まで走り抜けた不良債権の最終処理

配当をめぐる綱渡りの裏側で、不良債権の最終処理が続いていた。2003年3月期は経常損失5157億円・純損失4654[6]億円を計上している。

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [6]2003年3月期(FY02)に経常損失5157億円・純損失4654億円を計上した

2004年3月期は経常利益3428億円・純利益3304[7]億円と黒字に戻ったものの、2005年3月期には経常損失303億円・純損失2342[8]億円と再び赤字に沈んだ。損失を先送りせず出し切る方針を、発足から4年続けた結果である。2005年6月、西川善文氏は社長を退き、北山禎介[9]が後任に就いた。合併から4年にわたる初代社長の任期は、不良債権処理の期間とほぼ重なっている。旧住友銀行と旧さくら銀行の双方から良い方法を採る『ベストプラクティス』の統合思想は、北山氏、宮田孝一氏(2011〜2017)、國部毅[10](2017〜2019)へと引き継がれた。

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [7]2004年3月期(FY03)は経常利益3428億円・純利益3304億円だった
    • [8]2005年3月期(FY04)は経常損失303億円・純損失2342億円だった
    • [9]2005年6月に西川善文から北山禎介へ社長が交代した
    • [10]北山禎介(2005〜2011)・宮田孝一(2011〜2017)・國部毅(2017〜2019)が社長を継いだ
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [6]2003年3月期(FY02)に経常損失5157億円・純損失4654億円を計上した
    • [7]2004年3月期(FY03)は経常利益3428億円・純利益3304億円だった
    • [8]2005年3月期(FY04)は経常損失303億円・純損失2342億円だった
    • [9]2005年6月に西川善文から北山禎介へ社長が交代した
    • [10]北山禎介(2005〜2011)・宮田孝一(2011〜2017)・國部毅(2017〜2019)が社長を継いだ

1.5兆円の返済と、危機を買い手として使った2009年

2006年10月、三井住友FGは発足時に抱えた約1兆5000億円の公的資金を完済した[11]。合併から5年半での自力返済である。2006年3月期は経常収益3兆7051億円・経常利益9636億円・純利益6868億円と[12]、発足以来の最高益を記録した。法定準備金の振替、持株会社化、逆さ合併と会計技術を三度重ねてまで配当財源をつないだ4年間は、この完済で終わった。返済を終えたことで、三井住友は資本政策を国の監視から離れて自ら決められる立場に戻った。

2009年3月期は、世界金融危機で保有株式の減損と与信費用が膨らみ、純損失3734億円を計上した[13]。他方で危機は買い手としての機会でもあった。2009年5月、三井住友は経営難に陥った米シティグループが売りに出した日興コーディアル証券を5450億円で落札し、三菱UFJ[14]・みずほとの争奪を制している。同年10月に三井住友銀行の完全子会社とし(現SMBC日興証券)、10年続いた大和証券との合弁を解消[15]した。銀行本体の貸出だけでは伸びない収益を、証券・カード・消費者金融といったグループ会社の手数料で補う形へ、収益構造が動いた。

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [13]2009年3月期(FY08)にリーマンショックの影響で純損失3734億円を計上した
  • Bloomberg(2009年5月1日)
    • [14]2009年5月に日興コーディアル証券などを5450億円で取得すると発表し、三菱UFJ・みずほとの争奪を制した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [15]2009年10月に三井住友銀行が日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)を完全子会社化し、大和証券との合弁を解消した
    • [11]2006年10月に公的資金を完済した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [12]2006年3月期(FY05)は経常収益3兆7051億円・経常利益9636億円・純利益6868億円だった
    • [13]2009年3月期(FY08)にリーマンショックの影響で純損失3734億円を計上した
  • Bloomberg(2009年5月1日)
    • [14]2009年5月に日興コーディアル証券などを5450億円で取得すると発表し、三菱UFJ・みずほとの争奪を制した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [15]2009年10月に三井住友銀行が日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)を完全子会社化し、大和証券との合弁を解消した

宮田体制が広げたグループ金融と、マイナス金利下の収益

2011年4月に社長へ就いた宮田孝一氏は、顧客の資金需要に応じて融資する受け身の商売から、課題の解決を主導する商売へ銀行業が変わったと述べた[16]。貸出需要が伸びない成熟経済のもとで、手数料・助言・投資銀行業務を厚くする方針にあたる。2012年4月には消費者金融のプロミス(現SMBC[17]コンシューマーファイナンス)を株式交換で完全子会社化し、2016年7月には三井住友[18]アセットマネジメント(現三井住友DSアセットマネジメント)を株式の追加取得で子会社にした。銀行・カード・証券・消費者金融・運用会社を1つの持株会社の下に並べる構えは、この時期に整った。

  • 三井住友フィナンシャルグループ 歴代社長インタビュー集
    • [16]宮田孝一は銀行ビジネスが受け身の融資から課題解決を主導する商売へ変化していると述べた
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [17]2012年4月にプロミス(現SMBCコンシューマーファイナンス)を株式交換により完全子会社化した
    • [18]2016年7月に三井住友アセットマネジメントを株式の追加取得により子会社化した

2013年3月期から2020年3月期にかけて、連結の経常収益は4兆3264億円から5兆7641億円(2018年3月期)[19]まで広がり、親会社株主に帰属する当期純利益は6466億円から8353億円の範囲[20]で推移した。日本銀行のマイナス金利政策で国内の資金利益が細るなか、SMBC日興証券と海外現地法人の手数料収益が利益水準を支えた。銀行の本業である国内貸出の利ざやが縮んでも利益が落ちなかった点に、グループ金融へ広げた効果が表れている。もっとも純利益は2014年3月期の8353億円を上回れないまま推移しており、買収を重ねた規模の拡大が、そのまま利益の伸びにはつながらなかった。

  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [19]2013年3月期の経常収益は4兆3264億円、2018年3月期は5兆7641億円だった
    • [20]FY12〜FY19 の親会社株主に帰属する当期純利益は6466億円(FY15)〜8353億円(FY13)の範囲だった
  • 三井住友フィナンシャルグループ 歴代社長インタビュー集
    • [16]宮田孝一は銀行ビジネスが受け身の融資から課題解決を主導する商売へ変化していると述べた
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [17]2012年4月にプロミス(現SMBCコンシューマーファイナンス)を株式交換により完全子会社化した
    • [18]2016年7月に三井住友アセットマネジメントを株式の追加取得により子会社化した
  • 三井住友フィナンシャルグループ 有価証券報告書
    • [19]2013年3月期の経常収益は4兆3264億円、2018年3月期は5兆7641億円だった
    • [20]FY12〜FY19 の親会社株主に帰属する当期純利益は6466億円(FY15)〜8353億円(FY13)の範囲だった

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三井住友フィナンシャルグループの沿革2001〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
2001〜2005年2001年の合併と、配当を守るための持株会社化さくら銀行と住友銀行の合併・三井住友銀行の発足(2001年成立)

2001年4月、住友グループの住友銀行と三井グループのさくら銀行が合併し、三井住友銀行が発足した。総資産で世界有数の規模となった大型行合併である。

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★★★
三井住友フィナンシャルグループ設立★★
三井住友銀行とわかしお銀行がわかしお銀行を存続会社として合併★★
FY02経常損失5157億円、純損失4654億円★★
FY04純損失2342億円
北山禎介北山禎介氏が社長に就任
2005〜2020年公的資金の完済からグループ金融への拡張へ北山禎介発足時に抱えた約1兆5000億円の公的資金を完済★★
北山禎介FY08純損失3734億円(リーマンショック影響)
北山禎介日興コーディアル証券の買収——金融危機のシティから証券リテールを取り込む

2009年5月、三井住友フィナンシャルグループは経営難のシティグループから日興コーディアル証券の全事業と日興シティグループ証券の大半を5450億円で取得すると発表し、同年10月に三井住友銀行の完全子会社とした経営判断。金融危機で放出された大手証券のリテール基盤を取り込み、手薄だった個人向け証券を一気に補った。

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★★★
宮田孝一宮田孝一氏が社長に就任
宮田孝一プロミスの完全子会社化——銀行が消費者金融を丸ごと抱えた再編

2011年9月30日、三井住友フィナンシャルグループは持分法適用会社だった消費者金融大手プロミスを完全子会社化すると決めた。傘下の三井住友銀行が1株780円・総額約888億円のTOBで全株取得を目指し、あわせて約1,200億円の第三者割当増資でプロミスの財務を支えた。2012年4月に株式交換で完全子会社とし、7月に商号をSMBCコンシューマーファイナンスへ改めた。

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★★★
宮田孝一インドネシアBTPNの子会社化——40%出資から現地二行統合までの6年

2013年5月、三井住友銀行がインドネシアの商業銀行BTPNの株式24.26%を取得して持分法適用会社とし、2014年3月に40%へ引き上げ、2019年2月には現地法人インドネシア三井住友銀行を吸収合併させて出資比率97.34%の連結子会社とした一連の経営判断。SMBCグループがアジアの成長を取り込むマルチフランチャイズ戦略を最初に実行した案件となった。

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★★★
宮田孝一三井住友銀行が三井住友アセットマネジメントを子会社化
國部毅國部毅氏が社長に就任
國部毅指名委員会等設置会社へ移行
國部毅SMBC日興証券とSMBCフレンド証券が、SMBC日興証券を存続会社として合併
太田純太田純氏が社長に就任
2017〜2025年ガバナンス改革と「脱金融」——國部から中島までの10年太田純ベトナム・FE CreditとVPBankへの出資——消費者金融49%取得から地場大手銀行15%出資へ

2021年、三井住友フィナンシャルグループはベトナム消費者金融最大手FE Creditの株式49%を子会社SMBCコンシューマーファイナンスを通じて取得し、2023年には三井住友銀行がその親会社である地場有力銀行VPBankへ15%を出資した経営判断。国内の超低金利で利ざやが細るなか、成長するベトナムの個人金融へ二段構えで資本を入れた。

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★★★
太田純SMBC日興証券の相場操縦事件と、親会社・三井住友FGの引責・ガバナンス対応

2022年、傘下のSMBC日興証券が『ブロックオファー』取引をめぐる相場操縦事件で法人として起訴され、副社長ら役員が逮捕された。三井住友フィナンシャルグループ(三井住友FG)は逮捕・起訴された役員の契約更新を留保し、コンプライアンス担当役員を副社長へ格上げして子会社の監督を立て直そうとした経営判断である。

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★★★
太田純米ジェフリーズとの戦略的資本・業務提携——海外投資銀行を自前でなく提携で補う

2021年7月、SMBCグループが米独立系投資銀行ジェフリーズと戦略的資本・業務提携を締結した経営判断。上場普通株の最大4.9%(約3億8600万ドル)を市場で取得し、コーポレート&インベストメントバンキング分野で協業を始めた。以後、協業領域と出資比率を段階的に広げていった。

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★★★
太田純太田純急逝、中島達氏が社長に就任
太田純FY23経常利益1兆4661億円、純利益9629億円
中島達FY24経常利益1兆7195億円、純利益1兆1780億円
中島達2028年度ROE10%、2030年頃ROE11%・ボトムライン利益2兆円目標を公表
中島達YES Bankに出資(PBR1.4倍)
中島達米航空機リース大手Air Lease Corporationの買収を発表
出典・参考

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