SMBC日興証券の相場操縦事件と、親会社・三井住友FGの引責・ガバナンス対応

法人として起訴された子会社の不正に、持株会社はどこまで監督責任を負うのか

更新:

時期 2022年4月
意思決定者 太田純 三井住友フィナンシャルグループ 執行役社長
論点 子会社の不正と親会社の監督責任
概要
2022年、傘下のSMBC日興証券が「ブロックオファー」取引をめぐる相場操縦事件で法人として起訴され、副社長ら役員が逮捕された。三井住友フィナンシャルグループ(三井住友FG)は逮捕・起訴された役員の契約更新を留保し、コンプライアンス担当役員を副社長へ格上げして子会社の監督を立て直そうとした経営判断である。
背景
相場操縦には日興の副社長など複数の役員が関与し、第三者委員会は「ガバナンス態勢は全般において機能不全に陥っていた」と認定した。日興は2009年に三井住友FGが買収して以来、四度目の行政処分を受けた。
内容
2022年4月、日興は逮捕・起訴された副社長ら4人の役員契約の更新を留保して事実上退任させ、9月にはコンプライアンス担当役員を三井住友FGの副CCOを兼ねる副社長へ格上げした。10月には金融庁が日興に3カ月の業務停止命令を、親会社の三井住友FGに改善措置命令を発出した。
含意
金融商品取引法に基づき親会社へ改善措置命令が出されたのは今回が初めてで、持株会社が子会社の不正にどこまで責任を負うかが問われた。2023年2月に法人としての日興の有罪が確定し、罰金7億円と追徴金約44億7千万円が科された。
筆者の見解

持株会社が問われたもの

この事件で三井住友FGが問われたのは、自らの法令違反ではなく、子会社を統べる親会社としての監督責任であった。金融商品取引法に基づく初めての改善措置命令は、持株会社が傘下の証券会社の不正からどこまで距離を置けるのか、という問いを突きつけたとみることができる。日興には親会社から役員が送り込まれ、その一人が相場操縦に関与していた以上、監督の失敗は子会社だけの問題にとどまらない。役員を退かせ、コンプライアンスの担い手を経営の上層へ引き上げた一連の対応は、失われた市場の信頼を取り戻すための最低限の応答であったといえる。

もっとも、体制の格上げがそのまま統制の実効につながるとは限らない。日興は2009年の買収以来、四度目の行政処分を受けており、親会社が繰り返し人を送り込んでも不正の芽を摘みきれなかった経緯がある。組織図の上で監督者の役職を引き上げることと、収益を優先し不正を許容してきたとされる現場の風土を変えることの間には、なお隔たりが残る。持株会社の統治が子会社の末端にまで届くのかは、処分後の三井住友FGが日常の業務のなかで示していくほかないとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

ブロックオファーをめぐる相場操縦

SMBC日興証券が問われたのは、「ブロックオファー」と呼ばれる取引に付随した相場操縦であった。ブロックオファーは、大株主が保有する株式を証券会社がいったん買い取り、立会時間外に投資家へまとめて転売する手法である。日興はこの転売価格の基準となる終値が下がらないよう、対象銘柄を自己資金で買い支える注文を出していた。証券取引等監視委員会は、この買い支えが相場操縦に当たるとして金融庁に処分を勧告した[1]

2022年3月、東京地検特捜部はこの取引をめぐり日興の幹部を相次いで逮捕した。同月24日には金融商品取引法違反の疑いでエクイティ部門を統括する副社長を逮捕し、法人としての日興と幹部5人を起訴した。大手証券会社が相場操縦罪に問われるのは初めてであった。市場の公正を担うべき証券会社が、自らその公正を損なう注文を出していた点に、事件の重さがあった[2]

買収から十余年の子会社という距離

SMBC日興証券は、2009年に三井住友FGが日興コーディアル証券を買収して傘下に収めた証券子会社であった。三井住友FGはその後も定期的に人材を送り込み、2020年5月には当時の副会長を日興の代表取締役兼副社長に据えていた。それでも、相場操縦の罪で起訴された元副社長が三井住友FGの常務執行役員を兼任していたように、親会社の役員が関与を止められないまま不正が続いた。日興にとって今回は、買収以来四度目の行政処分であった[3]

決断

役員の引責とコンプライアンス体制の格上げ

三井住友FGと日興がまず動いたのは、事件に関与した役員を経営から外すことであった。2022年4月1日、日興は逮捕・起訴された副社長ら4人について、3月31日付で役員契約の期間が満了したことを理由に契約更新を留保したと発表した。処分ではなく契約満了という形をとりつつ、事実上の退任として関与者を経営の場から退けた。市場の信頼を失った以上、まず人を替えることが立て直しの第一歩であった[4]

続いて日興は9月27日、監督機能そのものの格上げに踏み込んだ。三井住友FGの副CCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)を兼ねるコンプライアンス担当役員を交代させ、常務執行役員だった前任者に対し、後任者は副社長へと役職を引き上げた。より上位の役職者に社内をにらませ、親会社と日興が連携して体制を強めるねらいであった。人を替えるだけでなく、監督の位置を経営の上層へ引き上げる判断であった[5]

親会社に及んだ異例の処分

2022年10月7日、金融庁は事件をめぐる行政処分を発出した。当事者の日興には3カ月間の業務停止命令が下り、大手証券会社に特定業務の一律停止が命じられたのは19年ぶりであった。処分が異例だったのは、親会社の三井住友FGにも改善措置命令が及んだ点にある。金融商品取引法に基づき、投資者保護のため特に必要と認めるときに金融機関の親会社へ下されるこの命令が実際に発出されたのは、今回が初めてであった[6]

親会社の責任まで問われた背景には、内部統制の根深い機能不全があった。日興が6月に公表した第三者委員会の調査報告書は、各事業部門のほかコンプライアンス部門や内部監査部門といった複数のチェック体制を敷きながら、法令違反の見逃しや取締役会への報告の怠りが常態化していたとし、「ガバナンス態勢は、全般において機能不全に陥っていた」と断じた。さらに三井住友銀行が顧客の同意なく非公開情報を日興と共有し、ファイアーウォール規制にも触れていたことが判明し、報告徴求命令の対象となった[7]

結果

確定した司法判断

司法の判断は、法人としての日興の責任を重くみるものであった。2023年2月13日、東京地裁は法人としてのSMBC日興証券に罰金7億円と追徴金約44億7千万円の有罪判決を言い渡した。裁判所は同社を「市場のゲートキーパー(門番)」と位置づけ、金融取引の公正の実現に重要な役割を果たすべき立場にありながら不正に及んだとして、非難の程度は一層重いと指摘した。法人としての相場操縦事件の判決は、一連の事件で初であった。同社は控訴せず、この有罪は同月確定した[8]

逮捕された役員個人の刑事責任が確定するには、さらに時間を要した。2025年7月22日、東京地裁は相場操縦を主導したとして起訴された元副社長ら5人全員に、執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。判決は、収益を優先し不正を許容する社内風土が事件の背景にあったとみて、組織ぐるみの性格を認めた。事件の発覚から3年余りを経て、法人と個人の双方に刑事責任が画された[9]

出典・参考