三和銀行の歴史

更新:

沿革

1877〜2002年 1933年に日本銀行の斡旋で鴻池・三十四・山口の3行が大阪で合同したのが起源。ピープルズ・バンクを掲げ、1960年にネット・サービス預金、1978年に金融界初のカードローンを始めた。
1993年3月期に3部門で都市銀行の首位に立ち、2001年にUFJホールディングスへ移った。

沿革

1933年に日本銀行の斡旋で鴻池・三十四・山口の3行が大阪で合同したのが起源。

ピープルズ・バンクを掲げ、1960年にネット・サービス預金、1978年に金融界初のカードローンを始めた。
1993年3月期に3部門で都市銀行の首位に立ち、2001年にUFJホールディングスへ移った。

創業期1877年〜第十三・第三十四国立銀行の創設

  1. 第十三国立銀行を創設
  2. 第三十四国立銀行を創設
  3. 第百四十八国立銀行を設立
歴史「第1章」を読む鴻池・山口の両替資本から大阪三行の普通銀行へ
三和銀行売上高—

創業期1933年〜3行合同による三和銀行の設立と戦時の銀行統合

  1. 鴻池・三十四・山口の3行が合同し資本金1億720万円で三和銀行を設立
  2. 辻林・更池・河泉・乙訓・山城八幡の各行の営業を譲り受け
  3. 尾州銀行の営業を譲り受け
  4. 三和信託・大同銀行を合併し信託業を兼営
  5. 大和田銀行を合併
  6. 紀陽銀行・福井銀行に一部店舗を譲渡
  7. 金融機関再建整備法による整備計画を完了し資本金10億円で新発足
  8. 大阪証券取引所に上場
  9. 甲種外国為替銀行の指定を取得
  10. サンフランシスコ支店を開設
  11. ロンドン支店を開設
  12. 信託業務を東洋信託銀行に譲渡
歴史「第3章」を読む頭取中根貞彦で発足した資本金1億720万円の三和と、戦時に吸収した9地方銀行
三和銀行1972年3月期売上高2,672億円売上高当期純利益率7.8%
就任年頭取氏名役職名
1947年渡辺忠雄頭取
1960年上枝一雄頭取
1971年村野辰雄頭取→頭取(会社年鑑1976年版時点)

転換期1973年〜ピープルズバンク構想とUFJホールディングスの設立

  1. 「ピープルズバンク」構想を公表
  2. 業務純益・経常利益・当期利益で首位
  3. 東洋信用金庫を救済合併
  4. 国内拠点が1000店を突破
  5. 東海銀行・東洋信託銀行と持株会社設立による経営統合に基本合意
  6. 東海銀行・東洋信託銀行と株式移転によりUFJホールディングスを設立
  7. 東海銀行と合併しUFJ銀行に商号変更
歴史「第4章」を読む住宅融資のローンレディーと、生え抜き頭取赤司俊雄のピープルズバンク構想
三和銀行1985年3月期売上高18,618億円売上高経常利益率7.4%
就任年頭取氏名役職名
1971年村野辰雄頭取→頭取(会社年鑑1976年版時点)
1976年赤司俊雄頭取
1982年川勝堅二頭取→会長兼頭取(会社年鑑1986年版時点)

系譜

1933年に鴻池・三十四・山口の3行が合同し、三和銀行を設立。1945年に三和信託・大同銀行を合併し、1992年に東洋信用金庫を救済合併した。
2002年には東海銀行と合併し、UFJ銀行へ商号変更。
持株会社体制の下で都市銀行の業界再編に加わった。

系譜

1933年に鴻池・三十四・山口の3行が合同し、三和銀行を設立。

1945年に三和信託・大同銀行を合併し、1992年に東洋信用金庫を救済合併した。
2002年には東海銀行と合併し、UFJ銀行へ商号変更。
持株会社体制の下で都市銀行の業界再編に加わった。

1933年 1945年 1992年 2001年 2002年 鴻池銀行 1933年3行合同 三和銀行 1933年3行合同で設立 三十四銀行 1933年3行合同 山口銀行 1933年3行合同 三和信託・大同銀行 1945年合併 大和田銀行 1945年合併 三和銀行 1945年合併・信託兼営 東洋信用金庫 1992年救済合併 三和銀行 1992年救済合併 UFJHD 2001年株式移転で設立 東海銀行 2002年合併 UFJ銀行 2002年合併し商号変更

API for AI Agents — 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

出典・参考 34件
出典・参考
  • 大和銀行四十年史(大和銀行、1958年)
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)「三和銀行」の項
  • 企業の現代史「あなたの銀行(三和銀行)」(1963年)
  • 企業の歴史 明治百年(1968年)「三和銀行」の項
  • 日本会社史総覧 三和銀行(東洋経済新報社、1995年)
  • 日本産業史(日経文庫)第1巻 金融・商業「銀行-財閥銀行から近代化」
  • 日本産業史(日経文庫)第1巻 金融・商業「銀行-中小銀行に苦難」
  • 日経ビジネス 1972年9月18日号
  • 日経ビジネス 1975年8月4日号
  • 財政金融ジャーナル 15(8)(1975年)「"ピープルズ・バンク"を行動の基本に――三和銀行専務取締役村井七郎氏に聞く」
  • 日経ビジネス 1976年6月7日号
  • 日経ビジネス 1976年10月25日号
  • 日経ビジネス 1979年11月5日号
  • 日経ビジネス 1988年6月13日号
  • 日経ビジネス 1988年9月26日号
  • 日経ビジネス 1991年2月11日号
  • 日経ビジネス 1992年2月17日号
  • 日経ビジネス 2000年3月20日号
  • 日経ビジネス 2000年4月24日号
  • 金融界 2(6)(1950年)「人物評論 三和銀行頭取 渡邊忠雄論」矢須元
  • 日本経済新報 6(30)(1953年)
  • 野田経済 725(1960年9月5日号)
  • 野田経済 1030(1967年8月9日号)
  • 金融財政事情 21(1)(1970年) 上枝一雄
  • 月刊経済 23(5)(1976年)
  • 経済ライフ 13(2)(1979年)「体質強化作戦を展開する三和銀行――赤司俊雄頭取が狙うものとは」
  • 80年代わが社の戦略(1980年)「三和銀行」赤司俊雄
  • 政経人(1983年)「金融国際化を進める新しい旗手(三和銀行頭取川勝堅二)」
  • 私の証券昭和史(1986年)「東洋信託銀行の設立」
  • 銀行時評 22(5)(1988年)「本部組織を改革し収益第一位へ挑戦する三和銀行」
  • Decide(1990年)
  • 日経公社債情報 11月22日(906)(1993年)「三和銀行の研究――世界の優良銀行を視野」
  • 三和銀行 ディスクロージャー誌(1997年)「東洋信用金庫との合併」
  • 三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行 お知らせ(2000年7月11日)「3行による経営統合について」

免責事項およびポリシー