さくら銀行の歴史

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沿革

1673年に三井高利氏が江戸本町一丁目に開いた越後屋呉服店が起源。

1876年に国立銀行条例によらない私立銀行第一号の三井銀行として開業し、1990年に太陽神戸銀行と対等合併した。三井グループの都市銀行で、2001年に住友銀行と合併して三井住友銀行となった。

1876年1943年1949年1954年1973年1990年1992年2001年三井銀行1876年私立銀行第一号帝国銀行1943年第一銀行と合併株式上場1949年上場三井銀行1954年旧名へ復す太陽神戸銀行1973年設立太陽神戸三井銀行1990年三井と太陽神戸が合併決断太陽神戸銀行1990年太陽と神戸が合併さくら銀行1992年改称さくら銀行が消滅2001年住友銀行と合併
  1. 越後屋から私立銀行第一号[1]垂直統合・内製化
  2. 隣接地に三井両替店を開業[2]
  3. 三井組が明治政府の会計局御為替方(官金取扱)を命ぜられ、官金の出納を引き受けた[2]
  4. 三井組が小野組との共同出資で第一国立銀行を設立[3]
  5. 為換バンク三井組として開業[3]
  6. 私盟会社三井銀行として開業[2]
  7. 株式会社三井銀行に改組[2]
  8. 外国為替業務に参入[2]
  9. ニューヨーク支店を開設[4]
  10. 資本金を1億円に増資[3]
  11. 兵庫県の七行合併で神戸銀行が発足[5]創業
  12. のちの太陽銀行となる大日本無盡が発足[6]創業
  13. 第一銀行との対等合併により帝国銀行が発足[2]
  14. 十五銀行を吸収合併[2]
  15. 帝国銀行が第一銀行系の営業を分割譲渡して解散[2]
  16. 東京証券取引所に上場した(5月16日)[2]上場
  17. 三井銀行に商号変更[2]商号変更
第1章三都間の決済を内製化した三井両替店
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
さくら銀行1954年3月期売上高131億円売上高経常利益率22.9%
  1. のちの東都銀行に資本参加[7]
  2. 倍額増資を機に会長制を採用[8]
  3. 日比谷の新本店を開店[8]
  4. 長期計画委員会を設置[8]
  5. わが国最初のオンライン・リアルタイム・バンキングシステムを開始[8]
  6. 東都銀行を合併[7]
  7. 日本相互銀行が合併転換法により普通銀行の太陽銀行へ転換[9]
  8. 神戸銀行と太陽銀行が合併し太陽神戸銀行が発足した(のちの合併相手方)[10]
  9. 創業100周年[11]
第2章第一銀行系を切り離した帝国銀行の後身と、個人預金に注力した長期経営計画
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
さくら銀行1979年3月期売上高4,551億円売上高当期純利益率3.8%
  1. 第12次長期経営計画「フェニックス計画」を開始[12]
  2. 支店ごとに地域一番店を課す目標設定に転換[12]
  3. 審査・業務・国際・証券経理の4本部制を解体[13]
  4. 部長職を3倍に増やして決裁権限を委譲[13]
  5. 太陽神戸銀行との合併を共同会見で発表[14]
  6. 太陽神戸銀行と合併[15]合併・経営統合
  7. 店舗の統廃合計画を開始[16]
  8. 第1次店舗統合で36店を18店に統合[17]
  9. さくら銀行に商号変更[16]商号変更
第3章フェニックス計画の地域一番店目標と、三井物産の大口融資に揺れた脱坊っちゃん銀行
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
さくら銀行1985年3月期売上高13,406億円売上高経常利益率5.5%
就任年頭取氏名役職名
  1. 第1回優先株式を発行[18]
  2. 三井物産・トヨタへ増資要請[19]資金調達・財務戦略
  3. 公的資金8000億円の注入を受け入れ[20]
  4. 住友銀行との合併を前提とする全面提携で基本合意[21]
  5. さくら・住友銀行合併合併・経営統合
第4章神戸銀行出身の橋本俊作頭取と、不良債権額で都市銀行最大となった貸出
売上高
  • 売上高
さくら銀行売上高—
出典・参考21件
出典・参考
  • [1]三井銀行八十年史
  • [2]会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)「銀行・信託」
  • [3]会社銀行八十年史(東洋経済新報社「2篇 日本会社史 52 銀行・信託」)(1955年)
  • [4]私の履歴書 経済人8「佐藤喜一郎」(日本経済新聞社連載)(1966年)
  • [5]会社銀行八十年史(東洋経済新報社「神戸銀行」)(1955年)
  • [6]会社銀行八十年史(東洋経済新報社「日本相互銀行」)(1955年)
  • [7]三井銀行『三井銀行 100年のあゆみ』「9章 新しい銀行像をめざして」(1976年)
  • [8]三井銀行『三井銀行 100年のあゆみ』「8章 高度成長と大衆化への転身」(1976年)
  • [9]日経ビジネス「三井銀行 脱坊っちゃん銀行へ意識大革命」(1981年6月1日)
  • [10]産業と経済 27(10)「新誕生太陽神戸銀行への期待と実力――国民経済的要請に応えうるか」(1973年)
  • [11]産業と経済 29(5)「百周年迎える三井銀行の三大理念――三井銀行副社長 青木郁朗」(1975年)
  • [12]日経ビジネス 1981年6月1日号「三井銀行 脱坊っちゃん銀行へ意識大革命」
  • [13]日経ビジネス 1988年10月10日号「三井銀行の『革命』宣言のその後」
  • [14]金融財政事情 40(33)「三井銀行・太陽神戸銀行トップ記者会見要旨」(1989年)
  • [15]日本産業史 第4巻(日本経済新聞社「銀行・生損保-バブル発生と崩壊の主役」)(1994年)
  • [16]財政金融ジャーナル 32(8)「〈さくら銀行〉長期経営計画「ACTI」の仕上げでリーディングユニバーサルバンクへ邁進」(1992年)
  • [17]日経ビジネス「太陽神戸三井銀行 難航する店舗統合」(1991年10月21日)
  • [18]財政金融ジャーナル 34(6)「優先株発行で自己資本を充実し資金需要に応え業容拡大図る さくら銀行」(1994年)
  • [19]日経ビジネス「三井グループ支援仰いだ さくら銀行の事情」(1998年9月7日)
  • [20]政治と経済 25(4)「公的資金導入派――さくら銀行頭取 岡田明重氏――公的資金を投入し構造改革を断行」(1999年5月)
  • [21]金融 632号「(金融資料)さくら銀行と住友銀行――統合を前提とした全面提携に合意」(1999年11月)

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