三越の歴史

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沿革

1673年に三井高利氏が江戸本町一丁目で創業した呉服商"越後屋"が起源。

1683年に"現銀掛値なし"の定価販売を打ち出し、1904年にはデパートメントストア宣言を発して日本の百貨店を先導した。1954年に全国百貨店の売上高の13%を占めた老舗百貨店で、2011年に伊勢丹と合併した。

1673年1872年/1886年1904年1928年1931年2008年2011年越後屋呉服店1673年三井高利が創業三井呉服店1872年三井家から分離伊勢屋丹治呉服店1886年設立三越呉服店1904年デパート宣言決断三越1928年改称株式上場1931年上場三越伊勢丹HD2008年伊勢丹と統合伊勢屋丹治呉服店2008年合流三越伊勢丹2011年両社が合併
三越
歴代社長と長期業績(敬称略)
2008年2月期
連結
売上高
7,740億円
売上高純利益率
0.6%
岩瀬松田岡田市原坂倉津田井上石塚
売上高1,045億円売上高4,511億円売上高7,740億円純利益率3%純利益率2.3%純利益率0.6%1953/21958/21963/21968/21973/21978/21983/21988/21993/21998/22003/22008/22013/22018/22023/22028/2
  1. 三井高利が呉服商「越後屋」を開業[1]
  2. 三井高利が京都室町に呉服物の仕入店を開店[2]
  3. 本店を駿河町に移転[3]
  4. 「現銀掛値なし」の商法を開始[3]
  5. 越後屋が大阪高麗橋に呉服店と両替店を開設[2]
  6. 越後屋が長崎に長崎方(長崎支店)を開設[2]
  7. 越後屋が横浜開港に伴い横浜店を開設[2]
  8. 越後屋が三都の本店を東京・西京・大阪の各呉服店へ名称変更[2]
  9. 呉服業が三井家から分離[2]
第1章越後屋の創業と、現銀掛値なしが生んだ江戸一番の店
売上高
  • 売上高
三越売上高—
  1. 合名会社に改組[4]
  2. 高橋義雄氏が理事に就任、経営の大改革に着手[4]
  3. 三井本家に復帰[5]
  4. 呉服の陳列販売を開始[6]
  5. 三越呉服店に商号変更[5]商号変更
  6. 座売りを全廃[6]
  7. 越後屋以来の事業を継承して三越呉服店を設立[1]
  8. デパートメントストア宣言[6]収益モデル転換
  9. 店内に食堂を開設[4]
  10. 靴・鞄・履物・洋傘の販売を開始[7]
  11. 大阪店を開店[8]
  12. 京城と大連に出張所を開設[7]
  13. 本店新館が竣工[6]
  14. 食料品と園芸の売場を新設[6]
  15. 常設の実用品売場「三越マーケット」を開設[5]
  16. 下足預り制度を廃止[5]
  17. 各所にバラック造りのマーケットを開設[5]
  18. 関東大震災により本店と丸ノ内別館が焼失[8]
第2章合名会社への改組と、わが国最初の呉服陳列販売
売上高
  • 売上高
三越売上高—
  1. 日本橋本店に三越ホール(現三越劇場)を開設[4]
  2. 日本初のファッションショーを開催[4]
  3. 本店全館の修築が完成[1]
  4. 食品製造卸売の二幸商会(現二幸)を設立[8]
  5. 三越に商号変更[8]商号変更
  6. 銀座店を開店[8]
  7. 新宿店を開店[8]
  8. 高松店を開店[8]
  9. 東京株式取引所の長期清算取引市場に上場[7]上場
  10. 地下鉄三越前駅と地下売場が直結[4]
  11. 札幌店を開店[8]
  12. 仙台店を開店[8]
  13. 日本橋本店の増築改修工事が完了し中央ホールが完成[4]
  14. 百貨店法の施行により店舗の拡張・新設が制限[7]
  15. 銀座店・高松店・仙台店が空襲により焼失[5]
  16. 大阪店と札幌店が接収[5]
  17. 日本橋本店の復旧に着手[5]
  18. 松山店を開店[8]
  19. 三越診療所(現三越厚生事業団)を設立[4]
  20. 三越縫製工場(現レオテックス)を設立[8]
  21. 東京証券取引所に上場[8]上場
  22. 本店隣接地で増築工事に着手[5]
  23. 池袋店を開店[8]
  24. 枚方店を開店[8]
  25. パリ三越を開店[8]
  26. 小売業の売上首位をダイエーに明け渡す[9]
第3章商号変更と、六年で六店を開設した支店網
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
三越1972年2月期売上高2,309.63億円売上高当期純利益率2.4%
就任年社長氏名役職名
1955年岩瀬英一郎代表取締役社長
1972年岡田茂代表取締役社長
不祥事

1973年〜押しつけ販売の排除勧告と三越伊勢丹HDの設立

  1. 三井グループの社長会「二木会」に加盟[10]
  2. 広島店を開店[8]
  3. 横浜店を開店[8]
  4. 小林百貨店が新潟三越百貨店に商号変更[8]商号変更
  5. オリエンタル中村百貨店が名古屋三越百貨店に商号変更[8]商号変更
  6. 倉敷店を開店[8]
  7. 市原晃氏が社長に就任社長交代
  8. ニューナラヤが千葉三越百貨店に商号変更[8]商号変更
  9. 丸屋が鹿児島三越に商号変更[8]商号変更
  10. 名古屋三越百貨店と新潟三越百貨店が合併[8]
  11. 580億円の八街カントリークラブ開発飛び地・非関連多角化
  12. 津田尚二氏が社長に就任社長交代
  13. 阪神・淡路大震災により大阪店旧館を閉鎖[8]
  14. 大阪店旧館の跡地に新館を開店[8]
  15. 福岡三越が開業[8]
  16. 井上和雄氏が社長に就任社長交代
  17. 名古屋三越・千葉三越・鹿児島三越・福岡三越と新設合併[1]
  18. 新宿店を「新宿三越アルコット」に業態転換[8]
  19. 早期退職の募集800人に1000人が応募[11]
  20. 名古屋栄店の隣接地に専門館「ラシック」を開店[8]
  21. 横浜など4店を閉鎖[11]リストラ・構造改革
  22. 「ダイヤモンドシティ・ミュー」内に三越武蔵村山店を開店[8]
  23. 「ダイヤモンドシティ・エアリ」内に三越名取店を開店[8]
  24. 伊勢丹と三越が経営統合合併・経営統合
  25. 株式移転により上場廃止[12]上場廃止
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • 営業利益
  • 経常利益率
三越2008年2月期売上高7,740億円売上高経常利益率1.6%
就任年社長氏名役職名
1972年岡田茂代表取締役社長
1982年市原晃代表取締役社長
1986年坂倉芳明代表取締役社長
1995年津田尚二代表取締役社長
1998年井上和雄代表取締役社長
2005年石塚邦雄代表取締役社長
出典・参考12件
出典・参考
  • [1]有価証券報告書
  • [2]三越『株式会社三越85年の記録』年表(1990年2月)
  • [3]私の三井昭和史(江戸英雄、東洋経済新報社、1986年)1章「三井財閥の歴史」
  • [4]三越 公式サイト「沿革」(2026年10月)
  • [5]会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)2篇 日本会社史 47_百貨店「三越」
  • [6]会社銀行八十年史(東洋経済新報社2篇 日本会社史 47_百貨店「三越」)(1955年)
  • [7]企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社、1968年)3編 企業の歴史「三越」
  • [8]有価証券報告書(2008年5月23日)
  • [9]日本産業史 第3巻 金融・商業(日本経済新聞社、1994年)「流通-急成長した総合スーパー」
  • [10]私の三井昭和史(江戸英雄、東洋経済新報社、1986年)9章「自由化に備えた再編成」
  • [11]三越 有価証券報告書(2006年2月期)(2006年2月)
  • [12]有価証券報告書(三越伊勢丹ホールディングス)

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