580億円の八街カントリークラブ開発(1988年・三越の決断)

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論点本店依存をどの事業で是正するか
三越:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
本店依存の是正策としての周辺事業への多角化と、ゴルフ場への巨額投資

何をなぜ決めたか:本店依存の是正策としての周辺事業への多角化と、ゴルフ場への巨額投資

概要

1988年に始めたゴルフ場開発は、1986年3月に社長に就任した坂倉芳明氏が打ち出した「拡百貨店」戦略の一環であった。千葉県八街市の「八街カントリークラブ」の開発に580億円を投じ、事業は子会社のレオ・エンタープライズとYCCを通じて進めた。1998年2月期にゴルフ場開発の損失として446億円を引き当て、単体の最終損益は346億円の赤字となった。坂倉芳明氏は会長を退任して取締役からも外れ、相談役となった。

背景

坂倉芳明氏が社長に就任する直前の1986年1月4日、市原晃社長は新年式で「63年度に1兆円企業集団」を宣言していた。三越の売上高の20%は外商が占め、中でも鉄鋼メーカーや電力会社といった重厚長大産業向けの法人外商を得意とした。販売員が得意客を抱えて担当外の商品も売る「お帳場制度」は江戸時代から続き、東京・日本橋の本店は1999年時点でも全社売上高の40%以上、利益の70%以上を稼いでいた。本店と古い顧客の層に収益が寄る構造の外に、次の稼ぎ手を求める動機があった。

内容

坂倉芳明社長は1986年9月1日に事業開発室を新設し、総合生活産業を目指す「拡百貨店」戦略を打ち出した。百貨店の中身を時代に合わせて強化刷新しつつ、その周辺の成長分野へ活動領域を広げるという定義である。同年12月の三越ハウジングの設立が第1弾、1987年3月のU.B.incが第2弾となった。

ゴルフ場開発は、スポーツクラブ・輸入車販売・人材派遣へと参入した関連事業の一つだった。千葉県の開発は2001年の完成を予定していたが、計画や会員募集の中身はほとんど明らかにされなかった。

含意

1998年1月には後任の津田尚二氏も引責辞任し、井上和雄氏が社長に就任した。同年6月に共同開発の相手先が破綻し、開発計画は見直しを迫られた。1999年2月期にもゴルフ場開発で113億円の特別損失を計上してゴルフ場開発から撤退し、単体の最終赤字は246億円、上場以来初の無配に転落した。連結有利子負債は3500億円を超え、連結株主資本は191億円、株主資本比率は3.4%まで減少した。周辺事業の後始末が、本業の立て直しより先に来た。

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考察:正しい問いに、土地で答えた多角化
考察

考察:正しい問いに、土地で答えた多角化

利益の70%以上を一店から得ている会社が、本店以外の収益源を欲したこと自体は正しい課題設定であった。拡百貨店の定義には、百貨店の中身を強化刷新することと周辺へ広げることの両方が入っていた。それでも資金が厚く向かったのは周辺事業で、ゴルフ場には580億円が投じられた。誤算は目算の甘さより、答えの形にあったのだろう。ゴルフ場は土地を取得して施設を造る事業であり、品ぞろえと接客という百貨店の中身へは還らない投資であった。

もっとも、失敗の芯は多角化という選択そのものより、その中身が見えない形で進んだことにあったとみられる。開発は子会社2社を通じて進み、計画も会員募集も社外にほとんど語られないまま、損失は引当金として一度に表へ出た。投資の進み具合を本体の取締役会が節目ごとに検算していれば、撤退の判断はもっと早く、もっと小さな額で下せたはずである。止める仕組みの不在こそが、代償の大きさを決めた。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
参考文献

参考文献

参考

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