日本航空電子工業ミサイル部品の不正輸出事件と、株主代表訴訟が確定させた取締役の責任
- 概要
- 1991年7月5日、日本航空電子工業のミサイル部品不正輸出事件が明らかになった。米当局の捜査依頼を受けた警視庁が摘発したもので、対象となったのは同社が20年をかけて育てた航機事業の中核技術であった。
- 背景
- 会社は1961年のハネウェル提携以来、ジャイロと自動操縦装置、1971年からは慣性航法装置を手がけ、防衛・宇宙という国の予算に支えられて技術を磨いてきた。発覚のきっかけは、イラン・コントラ疑惑に絡む米政府から警察庁への捜査共助の依頼である。
- 内容
- 問題となったスタビライザーはミサイル用の飛行安定装置で、F4ファントム戦闘機の慣性航法装置のジャイロスコープの不正輸出や米企業とのライセンス違反も明るみに出た。大株主の日本電気は関与を否定しつつ道義的責任を認め、会長と社長はともに責任を取る意向を関係者へ伝えていた。
- 含意
- 1996年、東京地裁は不正輸出に直接関与した取締役に12億4752万円の賠償を命じた。当時の株主代表訴訟における賠償命令の最高額であり、翌1997年に東京高裁で和解が成立している。7年後には防衛庁への代金過大請求で76億9000万円の支払いが確定した。
筆者の見解
技術の柱が、管理の弱点でもあったこと
この事件が突いたのは、会社の弱い部分ではなく、むしろ強い部分であった。1961年の技術導入から20年をかけて育てたジャイロと慣性航法装置は、単価も技術の要求水準も高く、会社の看板といえる製品群である。同時にそれは、輸出管理という重い制約と一体でなければ扱えない製品でもあった。技術を持つことと、その技術が国境を越える経路を管理し続けることは別の仕事にあたる。摘発の対象が民生部品ではなくこの製品群であった点に、事業構造そのものが抱えていた危うさがうかがえる。
責任の引き受け方にも、この会社に特有の事情が重なった。大株主の日本電気は関与を否定しつつ道義的責任を認め、連絡を密にして指導していくと述べたが、そこから7年後の防衛庁調達をめぐる事件では、日本電気から来た社長が起訴される事態に至っている。自主独立を語りながら人事と営業では強く結ばれているという関係のあいまいさが、責任の所在を見えにくくしていたとみることもできる。株主代表訴訟が取締役個人の賠償責任として結末をつけたことは、その曖昧さに外から線を引いた出来事であったとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
- 日経ビジネス 1991年7月22日号
- 証券アナリストジャーナル 1973年2月号(11巻2号)(酒井秀樹)
- JAE Report 2023(日本航空電子工業 統合報告書, 2023年10月)
- 日本航空電子工業 有価証券報告書 第96期(2026年3月期)【沿革】