太陽誘電の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

祖業の比率を自分で下げると宣言し、そのとおりに製品構成を組み替えてきた。1971年12月、佐藤彦八社長は日本証券アナリスト協会の企業分析部会で「脱磁器コンデンサ」の方針を対外的に表明した。当時1個1円60銭まで単価が低下した磁器コンデンサの売上構成比45%を30%以下へ下げ、アルミ固体電解コンデンサや正特性サーミスタ、回路のユニット化へ比重を移す内容である。直後の第1次石油危機で1975年2月期の経常損益は7億円の赤字に沈んだが、材料から設計し直す構えは残り、1984年7月にはニッケルを内部電極に用いた大容量MLCCを世界で初めて商品化した。1988年9月にはThat'sブランドで世界初のCD-Rを商品化し、部品を納める会社が自社ブランドで完成品を売る側へ回っている。祖業を自ら細らせる宣言が、材料から作り直す研究投資を経営の常態に変えた。

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