日本航空電子工業日本電気による公開買付けと、その他の関係会社から親会社への転換

時期 2016年5月
意思決定者(推定) 小野原勉 社長
論点 資本政策と親子関係
概要
2016年5月31日、日本電気が持分法適用会社であった日本航空電子工業を公開買付けで子会社化すると公表した。買付けは同年11月28日に開始され、2017年1月23日付で日本電気は『その他の関係会社』から親会社へ移った。
背景
日本航空電子工業は1953年に日本電気を出自として設立され、以後も同社を大株主とする『その他の関係会社』の関係にあった。主力のコネクタはスマートフォン需要で伸びる一方、2016年3月期には主要スマホ顧客の生産調整で減収減益となり、需要の振れ幅が大きくなっていた。
内容
買付価格は1株1920円、買付代金は192億円。日本電気の出資比率を39.82%から50.79%へ引き上げる計画で、公開買付け後も51%以下にとどめ上場を維持することが基本方針とされた。買付け完了により議決権比率は51.17%となった。
含意
親子上場の形は7年で解かれる。2024年3月の自己株式公開買付けで日本電気の議決権比率は33.35%へ下がって親会社に該当しなくなり、2025年10月には残る株式が京セラへ譲渡された。2026年3月期末の筆頭株主は京セラである。
筆者の見解

資本の距離は、誰の都合で決まるか

2016年の公開買付けは、日本航空電子工業の側から出た話ではなく、大株主であった日本電気の事業戦略から出た判断であった。買付価格も、議決権を51%以下にとどめて上場を維持するという設計も、買付者の側が決めている。会社は1953年に日本電気を出自として生まれながら、長く『その他の関係会社』という中途の距離に置かれ、そこから連結子会社へ引き上げられた。自社の事業計画とは別の論理で資本の位置づけが動く点に、親会社を持つ上場企業の立場がよく表れているとみることができる。

そして、その距離は7年で二度書き換えられた。2024年の自己株式公開買付けで親子上場が解け、2025年には残る株式が京セラへ渡っている。京セラとの契約は取締役の指名権や株式処分の制限を定め、33%という比率のもとで新しい関係を作った。支配の有無を議決権の比率だけで測れば、会社は子会社から独立へ戻ったようにも見える。ただ、大株主が誰であるかによって事業の組み立て方が変わる構図は、2016年も2025年も変わっていないとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

出典・参考

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