住友ファーマ英ロイバントとの戦略的提携によるスミトバント子会社化と、ロイバント株11%の取得

ラツーダの後継を製品で買うか、作る会社ごと囲うか——野村博社長が約30億ドルを投じた先

時期 2019年9月
意思決定者(推定) 野村博 大日本住友製薬 社長
論点 ラツーダの米国独占販売終了に備えた後継製品群の確保
概要
2019年9月6日、大日本住友製薬が英ロイバント・サイエンシズとの戦略的提携について基本合意し、10月31日に正式契約、12月27日に手続を完了した経営判断。ロイバントが新設した持株会社スミトバント・バイオファーマの全株式を20億米ドルで取得し、あわせてロイバント本体の株式11%を10億米ドルで取得した。対価は総額約30億米ドル(約3,300億円)で、同社史上最大の案件となった。
背景
2018年3月期に営業利益882億円という過去最高を出した収益は、米国で年間2,000億円を売る抗精神病薬ラツーダに大きく依存していた。この単剤は売上高の4割弱を稼いでおり、米国での独占販売期間の終了が近づいていた。2012年以降、がん領域などで個別の買収を重ねてきたが、単剤の穴を埋める規模には届いていなかった。
内容
ロイバント傘下のマイオバント、ユロバント、エンザイバント、アルタバント、スピロバントの5社をスミトバントへ移管させ、その全株式を取得した。残る子会社6社の株式取得オプションと、創薬データ基盤・人材も同時に押さえた。取得対象とオプションの対象11社は合わせて25以上の開発品を保有していた。
含意
製品を一つずつ買う手口から、新薬候補を作る会社の仕組みごと契約する手口への転換であった。ここで得たオルゴビクス・マイフェンブリー・ジェムテサの3製品はいずれも上市されたが、事業計画は届かず、2024年3月期には関連する無形資産・のれんの大規模な減損に至った。
筆者の見解

確率を買った10年の帰結

セプラコールに26億ドルを払ったとき、会社が買ったのは米国の販売網であった。ロイバントに約30億ドルを払ったとき買ったのは、新薬候補を選別して走らせる仕組みと、そこにぶら下がる25以上の開発品である。10年で対象が製品から確率へ移ったのは、単剤ラツーダで一度当てた成功体験と、その一品が2023年2月に消えるという確定した日付の両方が経営を押していたからだとみられる。時間で買えないものを金額で買う判断であった。

ただし、確率を買っても打率が保証されるわけではない。手に入れた3製品はすべて世に出たにもかかわらず、事業計画は届かず、マイフェンブリーの特許権1,335億円は減損に振り替わった。2025年3月期にオルゴビクスが期首予想の136%で着地したことを思えば、誤っていたのは製品の力より、それを織り込んだ売上計画の置き方だったのかもしれない。木村徹氏が「提携が成功したかどうかは検証する」と言葉を選んだのは、その線引きが当事者にもまだ引けていないことの表れといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

一品が稼ぎ、一品に期限がある

2018年3月期の連結営業利益は882億円で、合併以来の最高水準に達していた。この収益を作っていたのは、2011年に米国で発売した非定型抗精神病薬ラツーダである。米国だけで年間2,000億円もの売上があり、この数年は同社の売上高の4割弱を一品で稼いでいた。2009年に約26億ドルで買ったセプラコールの営業組織に自社新薬を流し込む構図が、数字のうえで完成していた[1][2]

医薬品の収益には期限がついている。特許が切れれば安価な後発品にたちまち侵食されるため、独占販売期間の終わりは崖として先に見えている。ラツーダについては、米国での期限が2023年2月に設定されていた。過去最高益を出した2018年の時点で、その柱が5年後に消えることは会社にとって既知の事実であり、代わりの製品をそれまでに用意できるかどうかが経営の焦点となっていた[3]

一品ずつ買い足す手口では届かなかった

崖への備えは2019年に始まったものではない。2012年にはがん領域への参入を目指し、抗がん薬候補ナパブカシンを開発する米国のバイオベンチャーを買収している。しかし複数のがん種で進めていたナパブカシンの開発はその後すべて中止となり、2021年3月期には269億円の減損損失を計上した。開発品を一つずつ買い足す手口は、単剤の抜ける穴を埋める打率にも規模にも届いていなかった[4]

提携相手となるロイバント・サイエンシズは、2014年設立の若い会社であった。英ロンドンとスイス・バーゼルに本社を置き、連結の従業員は900名以上。開発品や技術ごとに「Vant」と呼ぶ小さな子会社を立てて研究開発を進め、独自のデータ分析エンジンでパイプラインの獲得と臨床開発を加速させる仕組みを持っていた。製品ではなく、製品を生む速度そのものを売り物にする会社であった[5]

決断

化合物ではなく、仕組みごと契約する

2019年9月6日、大日本住友製薬はロイバントとの戦略的提携について基本合意書を締結したと発表した。合意の内容は四つで、ロイバント子会社5社の株式取得、残る子会社6社の株式を取得するオプションの保有、医薬関連プラットフォームをデータ技術人材とともに獲得すること、そしてロイバント本体の株式を10%以上引き受けることであった。対価は約30億米ドル、当時の円換算で約3,200億円が示された[6]

正式契約は同年10月31日に結ばれ、12月27日付で手続が完了した。ロイバントは新会社スミトバント・バイオファーマを設け、マイオバント、ユロバント、エンザイバント、アルタバント、スピロバントの5社の株式とヘルスケアテクノロジーの人材をそこへ移し、大日本住友製薬がその全株式を20億米ドル(約2,200億円)で取得した。あわせてロイバント本体の株式11%を10億米ドル(約1,100億円)で取得し、総額は約30億米ドル(約3,300億円)となった[7]

ポスト・ラツーダと名指された化合物

会社が示した株式取得の意義は明快であった。取得対象の子会社が持つ有望な化合物として、レルゴリクス(子宮筋腫・子宮内膜症・前立腺がん)、ビベグロン(過活動膀胱ほか)、RVT-802(小児先天性無胸腺症)、ロダトリスタットエチル(肺動脈性高血圧症)を挙げ、これらを「ポスト・ラツーダ品目として期待」と資料に明記した。レルゴリクスとビベグロンはすでに第3相試験を終え、いずれも2019年度中の米国申請が予定されていた[8]

この提携が異例だったのは、押さえた範囲の広さにある。株式取得とオプションの対象となる11社は合わせて25以上の開発品を保有しており、そこに創薬のデータ基盤とそれを扱う人材が加わった。個別の化合物を選んで買うのではなく、候補を選別して走らせる装置ごと手に入れる形であり、成功した一品を買い直すのではなく、次の一品が出てくる確率そのものを買う判断であった[9]

結果

3製品は世に出たが、計画には届かなかった

取得した開発品は製品になった。レルゴリクスはオルゴビクスとマイフェンブリー、ビベグロンはジェムテサとして上市され、この3品が基幹3製品と呼ばれるようになる。2022年3月期の連結売上高は5,600億円に達し、2005年の合併時の2倍を超えた。ラツーダの終わりに向けて、後継の製品を並べるところまでは会社の描いた順序どおりに進んだといえる[10][11]

崩れたのは売れ行きであった。2024年3月期の第3四半期時点で、3製品の通期計画に対する販売の進捗率は3割弱から6割にとどまり、会社は3製品すべての通期計画を引き下げた。同期には北米事業の予想を見直し、マイフェンブリーに係る特許権1,335億円とのれん359億円などを含む総額1,809億円の減損損失を計上している。財務の立て直しのため、保有していたロイバント株式も後に全株を売却した[12][13]

当事者はこの提携をどう評価したか

2024年10月、社長の木村徹氏は「総額で6000億円を投じた英ロイバントとの戦略提携はうまくいっていません」という問いに、「提携が成功したかどうかは検証する」と応じたうえで、「ただ、この提携で手に入れた基幹3製品を発売できた。これがあるから立て直しができる」と述べた。基幹3製品の売上拡大と借入金の返済が再建の一丁目一番地である、というのが再建側に立った当事者の整理であった[14]

その言葉を裏づける数字も出た。2025年3月期の北米でのオルゴビクスの売上収益は5億4,400万ドル、円換算で831億円となり、期首予想の4億ドルに対して136%の達成となった。ジェムテサも4億3,100万ドル、658億円まで伸びている。一方でマイフェンブリーは8,400万ドル、128億円にとどまり、大きく減損した前提を実績で覆すには至らなかった[15]

出典・参考
  • 大日本住友製薬 IR説明資料(2019年9月6日)「Roivant Sciences との戦略的提携に関する基本合意」 https://www.sumitomo-pharma.co.jp/ir/library/presentation/assets/pdf/ir20190906.pdf
  • 大日本住友製薬 ニュースリリース(2019年12月28日)「Roivant Sciences との戦略的提携に関する手続完了について」 https://www.sumitomo-pharma.co.jp/news/20191228.html
  • 週刊東洋経済 2024年3月2日号「ニュース最前線 03 柱の抗精神病薬が97%減 住友ファーマが陥った窮地」
  • 週刊東洋経済 2024年10月5日号「【特集 製薬サバイバル】Part2 活路を探る 日の丸製薬 Interview 住友ファーマ 社長 木村 徹「トップラインが伸びれば投資できる」」
  • 住友ファーマ 2024年度(2025年3月期)決算説明会資料
  • 大日本住友製薬・住友ファーマ 有価証券報告書(2018年3月期・2020年3月期・2022年3月期・2024年3月期)

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