村田製作所米Resonant社の買収によるXBAR技術の取得と、のれん438億円の全額減損

3ギガヘルツ超の帯域を先に押さえるか、待つか——本格量産が2030年以降へずれた高周波フィルタ

時期 2022年2月
意思決定者(推定) 中島規巨 村田製作所 社長
論点 技術獲得と減損
概要
2022年2月15日、村田製作所が高周波フィルタの設計・開発を手がける米Resonant社を約3億ドル(約336億円)の株式公開買付けで買収すると発表し、3月28日に完了した経営判断。目的は3ギガヘルツ以上の帯域に対応するXBAR技術の取得であった。
背景
2020年6月に社長へ就いた中島規巨氏は、日米韓で普及が見込まれる30ギガヘルツ以上のミリ波に期待を寄せていた。ただ自社が持つセラミックLCフィルタやSAWフィルタでは、Wi-Fi7やFR3という新しい周波数に対応できないことが分かっていた。
内容
会社側の説明では買収金額は350億円で、村田がSAW・I.H.P. SAWフィルタで培ったフィルタ技術とものづくり力をXBARと組み合わせる狙いであった。設計を持つ会社を買い、量産は自社で担う形をとった。
含意
2026年2月2日、買収時のれん全額438億円の減損を発表した。表面波フィルタが中華圏勢の台頭で収益性を落とし、FR3の本格量産が2030年以降へずれたことが理由である。同時期にはVTI買収由来のMEMSセンサ事業でも設備104億円を減損していた。
筆者の見解

技術は買えても、時期は買えない

のれんを4年で全額落としても、XBARの技術そのものは失われていない。減損の引き金を引いたのは、買った技術が使われる時期がFR3の本格量産とともに2030年以降へずれたことと、既存の表面波フィルタが中華圏勢に押されて収益性を落としたことである。技術の選び方より、周波数の世代交代がいつ来るかという読みの方を外した。同業がBAWで技術水準を上げ、XBARと競合するようになった点も、2022年の買収時には織り込めていなかったとみられる。

気になるのは、同じ形の外し方が続いていることである。2012年に約200億円で買ったVTIのMEMS慣性力センサも、ADASレベル3への移行が進まないとして2025年3月期に設備の全額104億円を減損した。どちらも技術は正しいが時期が来ないという同じ理由であった。材料から生産設備まで自分の手で時間をかけて作ってきた会社が、買収で時間を短縮しようとするとき、相手の技術が花開く時期までは買えないのかもしれない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

ミリ波に寄せた期待

2020年6月に社長へ就いた中島規巨氏は、5Gの高い周波数帯に期待を寄せていた。中国で主に使われるのは6ギガヘルツ未満のサブ6だが、日米韓で普及が見込まれるのは30ギガヘルツ以上のミリ波である。ミリ波は狭い範囲に多くの通信基地局を置く必要があり、高周波特性に優れた自社製品の需要が増すという読みであった。就任の年は新型コロナウイルスで車載向けが落ち込んでいたが、設備投資は続ける構えを示した[1]

同じ席で中島氏は、生産の置き方についても述べている。国内生産が7割を占め、高性能品の製造が強みであり、先端技術の生産拠点は海外に出していない、というのがその内容であった。材料から生産設備まで内で握る体制を保ったまま、通信規格の世代交代に乗るという構えである。買収を検討する時点で、村田製作所は高周波部品の伸びを最も期待できる領域と見ていた[2]

自社のフィルタでは届かない帯域

村田製作所が持っていた高周波フィルタは、セラミックのLCフィルタ、SAWフィルタ、TC-SAW、I.H.P. SAWフィルタであった。中島社長は後年、これらでは今後新しく使われるWi-Fi7やFR3という新しいセルラーの周波数に対応できないことが分かっていたと述べている。3ギガヘルツ以上の周波数帯を扱う技術が、自社の手札から欠けていた。周波数が上がるという方向は見えており、そこに届く手段が無かった[3]

同業他社の多くは、BAWフィルタの技術を持っていた。村田製作所はその真ん中を通らず、XBARという別の方式を取りに行った。資金の制約はなかった。2022年3月期の連結売上収益は1兆8,125億円、営業利益は4,327億円で、いずれも過去最高を更新している。本業が最も稼いだ年度に、手札の欠落を埋める買い物をしたことになる[4][5]

決断

約3億ドルで設計会社を買う

2022年2月15日、村田製作所は資本提携先であった米Resonantを株式公開買付けで買収すると発表した。買収額は約3億ドルで、当時の円換算では約336億円にあたる。会社側は後の説明で買収金額を350億円としている。3月28日に買収は完了した。Resonantは米テキサス州の高周波フィルタの開発・設計会社で、独自のXBAR技術は高周波帯で高減衰、低損失、急峻性を高い水準で実現するとされていた[6][7]

狙いは組み合わせに置かれた。村田製作所がSAWフィルタやI.H.P. SAWフィルタで培ってきたフィルタ技術、プロセス技術、ものづくりの力を、ResonantのXBAR技術と融合させ、より優れた高周波フィルタを供給する。設計を持つ会社を買い、量産は自社で担うという分担であった。材料と設備を自前で作る体制に、外から設計を接ぐ形の買収である[8]

周波数の階段を先に上がる

XBARを選んだ理由は、周波数の階段を先に上がることであった。中島社長は縦軸に難易度、横軸に周波数を置いた図で説明している。既存のSAW系フィルタは3ギガヘルツ以上に届かず、Wi-Fi7のフルバンドやFR3という新しいセルラーの周波数を使う世界には対応できない。そこに備えて、3ギガヘルツ以上の帯域に対応する技術を先に手元へ置いたという筋であった[9]

買収で技術を取る手は、この時期の村田製作所に定着していた。2012年1月にフィンランドのVTI Technologiesを約200億円で買収し、同年3月にルネサスエレクトロニクスのパワーアンプ事業を譲り受け、2014年12月に米pSemi、2016年10月にフランスのMurata Integrated Passive Solutionsを買収している。2017年9月にはソニーの電池事業も引き受けた。材料と設備は自前で作りながら、技術は買って追いつく型であった[10]

結果

4年でのれんを全額落とす

2026年2月2日、中島社長は表面波フィルタを含む高周波フィルタ全体のキャッシュ・フローに基づく減損テストの結果、Resonant買収時に発生したのれんの全額438億円を減損すると発表した。一時費用は約500億円に達し、第3四半期の営業利益は379億円へ半減する。これを除けば877億円であった。通期の営業利益予想も2,700億円へ100億円下方修正された。固定資産についてはまだ回収の可能性があると判断している[11][12]

理由は二つ挙げられた。一つは主力であった表面波フィルタ事業が中華圏の競合の台頭を受け、従来から使われてきた周波数帯で厳しい競合となり、収益性を大きく落としたことである。もう一つは、Wi-Fi7のフルバンドやFR3の計画が遅れたことで、FR3は2027年から実験的に採用されるが本格的な量産は2030年以降になるという見通しに変わった点であった。加えて同業のBAWフィルタが技術水準を上げ、XBARと競合する場面が増えていた[13]

技術は残り、時期がずれた

XBARそのものは動いている。タブレットのWi-Fi7向けにすでに出荷され、スマートフォンへの展開も始まる見通しが示された。2025年には日本政府によるサプライチェーンの強靱化の一環として、経済産業省からの支援も受けている。ただしモジュールへの搭載は2027年、2028年という時間軸での検討にとどまり、XBAR単体で見れば需要が本格化するのは2030年ごろになるという見立てであった[14][15]

高周波フィルタ全体の収益は、南出雅範氏の試算で2027年度から挽回し、2028年度あたりで安定する見込みとされた。中島社長はハイエンドスマートフォンでの高周波モジュールのシェア獲得を最優先に置き、それが表面波フィルタの稼働率にも効くと説明している。前年の2025年3月期には、2012年に約200億円で買ったVTIのMEMS慣性力センサ事業でも、ADASレベル3への移行が想定より進まないとして設備の全額104億円を減損していた[16][17]

出典・参考

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