ロート製薬シンガポールの漢方薬企業ユーヤンサンの取得と、三井物産との共同出資

スキンケアに寄った売上構成をどう組み替えるか——808億円を投じた内服・食品の柱づくり

時期 2024年4月
意思決定者(推定) 取締役会・杉本雅史 社長
論点 事業構成とアジア展開
概要
2024年6月、ロート製薬が三井物産と共同で、シンガポールの漢方薬製造販売企業ユーヤンサン・インターナショナル社の議決権85.91%を取得し、連結子会社とした経営判断。取得原価は694.5百万シンガポールドル、円貨で808億4千万円にのぼり、同社にとって過去最大の企業買収であった。
背景
製品別売上でスキンケアが65%を占める一方、内服・食品は相対的に薄く、地域別で約30%を担うアジアの成長を受け止める品揃えも限られていた。2030年に向けた事業領域ビジョンは一般用医薬品と食品の強化を掲げており、その品揃えを外から調える必要があった。
内容
三井物産と共同で出資会社ソアー・アールツーエム社を設け、大株主ライチャス・クレーン・ホールディングスから85.91%を買い取った。持分はロート製薬が約60%、三井物産が約30%、創業家が約10%。残る株式にはシンガポールの規則に基づく公開買付を行い、100%を握った。
含意
1879年創業の漢方薬ブランドと、香港・シンガポール・マレーシアに広がる170を超える直販店が加わった。のれんは当初447億9千万円と見積もられ、取得原価の配分が確定した2026年3月期に商標権265億円が識別されて322億5千万円へ落ち着いた。
筆者の見解

筆者見解

808億4千万円のうち、ロート製薬が単独で背負った額はその全部ではない。三井物産と創業家の出資が316億2千万円を担い、共同出資会社への議決権は60.0%に置かれた。売上2,708億円の会社が過去最大の買収に踏み切りながら、経営権は握り、資金の負担は分ける。単独で買い切る力を誇示するより、170店舗という異質な資産を抱え込む難度を見積もった配分だとみられる。

ただ、初年度の数字は楽観を許さない。期首に完了していたと仮定した通期換算では、経常利益は8億4千6百万円の赤字であった。のれん322億5千8百万円と商標権265億2千7百万円の償却は今後も続き、負担が消えたわけではない。直販店とサプリメントの利益率をメンソレータムの販路に載せられるかどうかで、第三の柱になるかが決まるといえる。

Yutaka Sugiura

背景

スキンケアに寄った売上構成

2024年3月期の連結売上高は2,708億円まで伸びていたが、その構成は偏っていた。製品及びサービス別の売上でスキンケアが65%を占め、一般用医薬品や食品は相対的に薄い。地域別では約30%をアジアが担い、そこが今後の伸びしろでもあった。あらゆる健康に解を出すという看板を掲げる以上、内服と食品を厚くすることは避けて通れない課題になっていた[1]

アジアの拠点網そのものは厚かった。メンソレータム社・アジアパシフィックや同・中国、ベトナムやインドネシアの現地法人が、アイケアとスキンケアの製品を各国で製造販売していた。ただし内服・食品を担う会社は域内になく、目薬とリップクリームで築いた販路に載せる中身が足りない。売る力に対して、売るものの幅が追いついていない状態であった[2]

東南アジア最大級の漢方薬企業

相手として選ばれたユーヤンサン・インターナショナル社は、1879年創業、現在の法人は1993年設立のシンガポール企業である。シンガポール、香港、マレーシアを中心に170を超える店舗と30の漢方薬クリニックを運営し、医薬品から食品まで幅広く手がけていた。2023年6月期の売上高は297.3百万シンガポールドル、当期純利益は18.7百万シンガポールドルであった[3]

同社はすでに上場企業ではなかった。2016年10月に1株0.60シンガポールドルで上場を廃止しており、以後は株式の売買が難しい非上場会社として続いていた。株式の大半はライチャス・クレーン・ホールディングスが握り、三井物産もファンドを通じて間接的に持分を持っていた。買い手にとっては、市場を通さずに交渉できる相手であった[4][5]

決断

共同出資会社を挟む

2024年4月4日、ロート製薬は取締役会で株式譲渡契約の締結を決議した。三井物産と共同で出資会社ソアー・アールツーエム社を設け、この会社がライチャス・クレーン・ホールディングスから発行済株式の約86%にあたる381,922,612株を買い取る組み立てである。取得原価は694.5百万シンガポールドル、円貨で808億4千万円。アドバイザリー費用等の取得関連費用は209百万円であった[6]

単独で買い切らなかった点に、この判断の設計が表れている。完了後の持分はロート製薬が約60%、三井物産が約30%、創業家が約10%。連結キャッシュ・フローでは子会社株式の取得に744億7千9百万円を投じた一方、非支配株主からの払込みで316億2千万円が入り、長期借入で149億円を調達している。経営権は握りつつ、負担の相当部分を外に預ける形であった[7][8]

少数株主への買付と、100%の取得

契約には前提条件が付いていた。2024年5月22日、中国と韓国の競争当局の承認が得られて条件は満たされ、ソアー社は残る株式すべてに対する強制的無条件公開買付を表明する。価格は1株1.8184シンガポールドル。2016年の上場廃止時の0.60シンガポールドルに対して203.1%、2023年6月末の1株あたり純資産0.3371シンガポールドルに対して439.4%の上乗せであった[9]

企業結合日は2024年6月3日、会計上のみなし取得日は6月30日とされた。取得した議決権比率は85.91%である。少数株主への買付を終えた後、2026年3月期の有価証券報告書ではユーヤンサン社の議決権をソアー・アールツーエム社を通じて100%所有すると記載されている。ソアー社に対するロート製薬の議決権は60.0%で、当初の設計どおりに落ち着いた[10][11]

結果

のれん447億円が322億円になるまで

2025年3月期は7月から12月までの半年分が連結に入った。ユーヤンサン社の寄与は売上高で165億円、営業利益で10億4千万円だが、これはのれん償却10億9千万円と取得手数料3億7千万円を除いた数字である。連結売上高は3,086億円と14.0%伸びた一方、営業利益は389億円と2.8%減り、買収の初年度は増収減益で終わった[12]

のれんは当初447億9千2百万円と見積もられ、20年の均等償却とされた。ただしこれは暫定の数字であった。2026年3月期に取得原価の配分が確定すると、ロイヤリティ免除法で評価した商標権265億2千7百万円などが別に識別され、のれんは125億3千3百万円減って322億5千8百万円になった。買った中身の内訳が、一年半かけて解像度を得たことになる[13][14]

アジアの規模と、第三の柱

通期で寄与した2026年3月期、アジアの外部顧客への売上高は1,253億2千7百万円と24.9%増え、セグメント利益は150億4千8百万円と29.8%伸びた。連結売上高は3,437億2千5百万円、経常利益は479億7千1百万円である。連結従業員数も買収前の7,259名から9,292名へ増えており、店舗と人を抱えた買収であったことが数字に出ている[15][16]

2025年に社長に就いた瀬木英俊氏は、ユーヤンサン社のサプリメントと漢方薬を強化し、メンソレータム社の販路を使って新たな市場へ広げ、第三の柱に育てる方針を示した。統合の作業はバリューチェーンや製品仕様の統合に入っており、効果は1〜2年で見えると見込む。買収を決めた側は、創業家がインテグリティを最も重んじる点に自社との近さを見ていた[17][18]

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