大貫体制での海外M&A集中と米国植物性食品への参入

縮む国内乳業を、育児用ミルクと植物性食品の海外買収でどう補おうとしたか

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時期 2023年2月
意思決定者 大貫陽一 森永乳業 社長
論点 成長軸の再定義と事業領域の拡張
概要
2021年から2023年にかけて、森永乳業が大貫陽一社長のもとでベトナム・パキスタン・米国の企業買収を相次いで実行し、育児用ミルクと植物性食品へ事業領域を広げた経営判断。2023年2月には米国の植物由来食品メーカー、Turtle Island Foodsを約16億円で完全子会社化し、乳業の枠を越えた領域へ踏み込んだ。
背景
少子化と牛乳消費の減少で国内乳業市場が縮み、連結売上高が5,000億円台で頭打ちとなるなか、森永乳業は中期経営計画と10年ビジョンで海外売上高比率15%以上を掲げ、成長を海外と周辺領域に求めようとしていた。
内容
2021年1月のベトナム・Elovi Vietnamに続き、2023年は1月にパキスタンのNutriCo Morinaga、2月に米国のTurtle Island Foods、5月にベトナムのMorinaga Le Mayを子会社化した。育児用ミルクを南・東南アジアで、植物由来食品を北米で押さえる布陣で、2023年の海外M&A3件で約100億円を投じた。
含意
海外事業はグループ営業利益の4割超を担うまで育ち、2023年3月期の海外売上高比率は11.3%へ伸びた。一方で北米の植物性食品事業は市場の伸び悩みで苦戦し、2025年には工場集約が進む。買収で広げた領域が利益に結ぶまでには、なお時間を要する。
筆者の見解

乳業の枠を越える賭けの、その後

この判断の核にあるのは、縮む国内市場を前に、乳業という祖業の枠をどこまで越えて成長を求めるか、という問いである。育児用ミルクは乳の延長にあり、南・東南アジアの人口増という追い風も見込めた。これに対し、大豆を主原料とする植物性食品への参入は、40年続けた豆腐事業という足場があったとはいえ、乳から最も遠い賭けであった。3年に集中した買収は、その遠近の異なる領域を同時に抱え込む選択であったとみることができる。

その後の展開は、遠い賭けほど時間がかかることを示している。植物性食品は市場の伸び悩みで工場集約に至り、買収時に描いた勢いは当初の想定どおりには続かなかった。ただ、それを失敗と早々に断ずるには、海外事業がなお森永乳業の利益を支えている事実が重い。乳の技術を植物性たんぱくへ架け渡す構想が実を結ぶのか、それとも撤退や縮小へ向かうのか——大貫体制が広げた事業領域の輪郭は、次の中期経営計画のなかでなお描き直されているように見える。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

縮む国内乳業と、海外へ移す成長の軸

森永乳業の足元にある国内乳業市場は、少子化と牛乳消費の減少によって長く伸びを欠いていた。連結売上高は2010年代を通じて5,800億円前後で頭打ちとなり、2022年3月期からの収益認識基準の変更を経てもなお5,000億円台にとどまっていた。明治・雪印と規模を競う従来の枠組みでは、成長の余地は乏しくなっていた[1]

この環境認識のうえで、大貫陽一社長のもとの森永乳業は、成長の軸を海外へ移す方針を明確にした。2022年に始めた中期経営計画2022-24と、その先の「森永乳業グループ10年ビジョン」では、2029年3月期に海外売上高比率15%以上という目標を掲げた。国内の縮小を前提に、海外事業を収益の柱へ育てる構想であった[2]

海外事業の下地——MILEIと育児用ミルク

海外への展開は、大貫体制で唐突に始まったものではなかった。森永乳業は2012年にドイツのMILEIを完全子会社化し、乳清たんぱくや粉乳といった機能性素材の生産拠点を欧州に持っていた。2023年3月期にはMILEIの躍進や菌体・育児用ミルク輸出の伸びにより、海外事業の営業利益はグループ全体の4割超を占めるまでに育っていた。買収を積み増す土台は、すでにできていた[3]

森永乳業は、この海外事業をMILEI・育児用ミルク・菌体・米国・ベトナムの5つに束ね、「海外事業5つのチャレンジ」と位置づけた。限られた資源を成長市場へ集中し、育児用ミルクなどのB to C事業と菌体・ラクトフェリンなどのB to B事業を軸に、シナジーを生む垂直統合を目指す枠組みであった。相次ぐ買収は、この見取り図に沿って打たれていった[4]

決断

3年に集中した海外M&A

森永乳業は、2021年から2023年にかけて海外の企業買収を集中して実行した。2021年1月にはベトナム・ハノイ近郊の乳製品メーカーElovi Vietnamを100%子会社化し、翌2022年11月から現地で森永ブランド商品の製造・販売を始めた。続く2023年は、1月にパキスタンで育児用ミルクを手がけるNutriCo Morinagaの株式を追加取得して連結子会社化し、5月にはベトナムで育児用ミルクを輸入・販売するMorinaga Le Mayを子会社化した。南・東南アジアの育児用ミルク市場を、買収で面として押さえにかかった[5]

この一連の買収のうち、2023年に実行した3件だけで約100億円を投じた。狙いは中期経営計画の数値目標に直結していた。2025年3月期までに海外売上高比率を13%へ引き上げる目標のもと、育児用ミルクとプラントベース食品を軸に海外の事業基盤を短期間で厚くする布石であった。国内で稼いだ資金を、成長の見込める海外市場へ振り向ける判断がそこにあった[6][7]

植物性食品への参入——Turtle Island買収

集中したM&Aのなかで、乳業の枠を最も踏み越えたのが、2023年2月の米国Turtle Island Foodsの買収であった。森永乳業は米国子会社Morinaga Nutritional Foodsを通じて同社を完全子会社化し、取得価額は約1,240万ドル、日本円で約16億2,600万円であった。Turtle Islandは大豆などを主原料とする植物由来食品「Tofurky(トーファーキー)」を展開する会社で、肉の代わりとなるプラントベース食品の製造・販売を事業としていた[8][9]

この買収には、森永乳業なりの下地があった。同社は米国で40年以上にわたり豆腐の輸出販売事業を続けており、大豆を扱う技術と販路を持っていた。全米で認知度の高いブランドと販売網を持つTurtle Islandを取り込むことで、植物由来食品の事業を一段と広げられるとみていた。乳で培った菌体や機能性素材の研究資産を、植物性たんぱくという次の領域へ振り向ける構想がその先にあった[10]

結果

拡大戦略の進捗と、プライム市場への移行

海外への集中投資は、当面の数字にあらわれた。2022年4月、森永乳業は東京証券取引所の市場区分見直しでプライム市場へ移行した。2023年3月期の海外売上高比率は前期の8.7%から11.3%へと伸び、海外事業の営業利益はグループ計の4割超に達した。国内が原材料高で減益となるなかで、海外がグループの利益を下支えする構図が明確になっていた[11]

もっとも、掲げた目標との距離は残った。中期経営計画は2025年3月期に海外売上高比率13%を目標に据えていたが、その先の10年ビジョンが描く15%以上には、なお開きがあった。育児用ミルクと素材事業が伸びる一方で、買収で加えたばかりの領域が利益に結ぶかどうかは、この時点では見通しきれていなかった[12]

米プラントベース事業の苦戦と工場集約

買収から2年余りを経て、最も枠を踏み越えた領域が壁に突き当たった。2025年11月、大貫陽一社長は、米国の植物由来食品事業が苦戦していることを認め、工場の集約が進行中であると明らかにした。Turtle Islandが展開する植物性食品「Tofurky」は、米国のプラントベース市場そのものの伸び悩みに直面していた。買収時に見込んだ市場拡大の勢いは、当初の想定どおりには続いていなかった[13]

一方で、育児用ミルクを軸とするアジアの買収は事業基盤づくりが続き、海外事業全体としては森永乳業の利益を支える位置を保っていた。3年に集中した海外M&Aは、育児用ミルクと植物性食品という二つの賭けを同時に抱える形で走り出し、前者が地歩を固めるなかで、後者の収益化には時間を要する展開となった[14]

出典・参考