ニチコンの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

大手の系列に入らず、品種と販路を自前で広げてきた会社である。同業の大手が電力会社の子会社だったなか、平井嘉一郎氏は関西財界と銀行の協力を得て独立のまま規模を追った。1956年にはペーパー専業の限界を見越して電解コンデンサへ進出し、先発の値下げで国内の採算が崩れると米RCA社への輸出に販路を求めた。1957年4月に営業部門を関西二井販売として分け、1960年10月には亀岡工場を竣工させた。系列の庇護を持たない後発であったことが、国内の価格競争を避けて海外へ出る順序を決めた。

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