三井ハイテックの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

金型を売る会社から、その金型で打ち抜いた部品を売る会社へ移った。1959年5月にモーターコア用の精密順送り金型の製造販売を開始し、家電モーターの鉄心そのものを供給する側へ回る。1966年5月には、薬品で溶かすエッチングが主流だったICリードフレームをプレスで打ち抜く方向へ切り替え、量産費用を10分の1へ下げた。国内の半導体メーカーが年商20億円に満たない中小企業の部品を採らなかったため、1972年4月に米国イリノイ州へ現地法人を設立してTIから約10億円を受注し、これを経て三菱電機や東芝にも採用が広がる。1994年には型破りな社外監査役を招いて取締役会中心の意思決定へ組み替え。2018年11月には岐阜県可児市へ103億円を投じ、当時の電機部品事業の売上79億円を超える額を車載モーターコアの量産へ充てた。

  • 1997年 荒川勇二の社外監査役招へい
    業績の推移

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