この判断の核心は、株式の約4割を三井家が握るオーナー企業が、あえて外部の厳しい監査役を招いて自社を律した点にある。毎日顔を合わせる社内の役員どうしでは、互いに傷を抱えて厳しいことを言いにくい。三井氏はその限界を認め、生え抜きでない荒川氏に思い切った権限を与えた。オーナーの一存で何でも決められる立場の人物が、むしろ自らその一存を封じ、取締役会に議論を戻そうとした構図には、規律ある株式会社をつくろうという意思がうかがえる。
もっとも、この改革はオーナーの強い後押しに支えられていた。荒川氏が"神の声"として動けたのも、三井氏が自社を律する意思を持っていたからであった。裏を返せば、経営トップの資質と運用しだいで役員会はすぐに空洞化するという、日本企業に共通する弱さがそこにはある。三井氏は改革がまだ進行中だとした。オーナー経営ゆえに透明で規律ある会社になるという逆説を、この取締役会改革は体現しつつ、その持続をトップ個人にどこまで頼らずに済むかという問いを残したと思われる。