1968年〜 24歳塚本勲の創業と「お客に前払いしてもらう」無借金経営の確立
加賀電子の業績推移:単体
- 1968年 電子機器・電子部品販売を目的として設立
- 1985年 店頭登録から1年での東証二部上場と、無借金・在庫レス経営の公開 借りない会社が、なぜ資本市場に自社の帳簿を開いたか
父親から借りた50万円と「在庫は罪の子」── 資金ゼロから始まった商社
加賀電子の源流は、1968年2月、24歳の塚本勲氏が[1]金沢の父から借りた50万円を元手に東京・神田で個人創業[2]した電子部品商であった[3]。同年9月には資本金100万円で法人登記し[4]、東京都千代田区外神田三丁目の木造2階建[5]て2坪の事務所で株式会社加賀電子として再出発した。塚本氏は16歳で金沢を出て横浜のヴァイオレット電機に入り、約2年の製造と約6年の営業を経験、その後サンコー電機を約半年で辞して独立[6]に踏み切った。社名は、父との借金の相談の際に母が「加賀百万石といわれているから、年商100億円[7]ぐらいの会社になれるといいね」と語った言葉に由来する。
- 証券アナリストジャーナル(1986年3月)
- [1]1968年2月 塚本勲氏が父から借りた資金で個人創業(同年9月に法人化)
- [2]創業資金は父から借りた50万円
- [6]創業前の経歴はヴァイオレット電機で製造約2年・営業約6年、その後サンコー電機を約半年で辞して独立
- [7]社名「加賀電子」の由来は母の言葉(加賀百万石・年商100億円)
- My road(2014年12月)
- [3]創業者は塚本勲氏、創業時24歳
- 加賀電子 有価証券報告書【沿革】
- [4]1968年9月 株式会社加賀電子を法人登記(資本金100万円)
- [5]設立地は東京都千代田区外神田三丁目(木造2階建て2坪)
創業資金は事務所の賃料や備品の購入で早々に底をつき、現金取引を求める部品メーカーへの仕入資金が確保できなくなった。塚本氏は顧客に事情を説明して代金を前払いで受け取り[8]、その現金で仕入先に支払う資金繰りを編み出した。さらに、顧客の注文を受けてから部品メーカーを選んで同業者に発注し、納品と回収を経て仕入先に支払う受発注方式を確立し[9]、在庫を持たずに商社業を回す型をつくった。賞与資金や配当資金以外は固定預金を超えて借りない無借金経営はこのとき定まり[10]、塚本氏は後年まで「在庫は罪の子」を口癖に[11]、注文先行の仕入れを組織の規律として徹底した。
- 証券アナリストジャーナル(1986年3月)
- [8]顧客の前払いで仕入資金を確保する資金繰りを創業期に確立
- [9]受発注方式(注文受領後に部品メーカー選定・同業者発注・回収後に仕入先支払い)を確立
- [10]固定預金を超えて借りない無借金経営を創業以来継続
- 企業家倶楽部(2025年7月7日)
- [11]「在庫は罪の子」は塚本氏の口癖
- 証券アナリストジャーナル(1986年3月)
- [1]1968年2月 塚本勲氏が父から借りた資金で個人創業(同年9月に法人化)
- [2]創業資金は父から借りた50万円
- [6]創業前の経歴はヴァイオレット電機で製造約2年・営業約6年、その後サンコー電機を約半年で辞して独立
- [7]社名「加賀電子」の由来は母の言葉(加賀百万石・年商100億円)
- [8]顧客の前払いで仕入資金を確保する資金繰りを創業期に確立
- [9]受発注方式(注文受領後に部品メーカー選定・同業者発注・回収後に仕入先支払い)を確立
- [10]固定預金を超えて借りない無借金経営を創業以来継続
- My road(2014年12月)
- [3]創業者は塚本勲氏、創業時24歳
- 加賀電子 有価証券報告書【沿革】
- [4]1968年9月 株式会社加賀電子を法人登記(資本金100万円)
- [5]設立地は東京都千代田区外神田三丁目(木造2階建て2坪)
- 企業家倶楽部(2025年7月7日)
- [11]「在庫は罪の子」は塚本氏の口癖
便利屋型商社としての品目拡張とTAXANブランドの誕生
1970年代の加賀電子は、エレクトロニクス業界の需要変動に応じて取扱品目を機動的に切り替える便利屋型の商社として事業を広げた。1973年にはCBトランシーバーのブームに対応し[12]、1978年にはインベーダーゲーム向けICの取扱いに参入[13]、1983年からは任天堂ファミリーコンピュータのソフト生産にも関与した[14]。創業者の塚本氏は顧客が要望するものは品目を問わず取り扱う方針を社内に徹底し、品目の専門化を避けて取引先の要望に応える総合商社的なポジションを取り続けた。電子部品商社業界は半導体メーカー系列の専業商社が大半を占めるなか、独立系の便利屋として複数メーカーの部品を顧客の要望に合わせて1個から届ける受注対応能力で差別化した。
- 加賀電子 有価証券報告書【沿革】
- [12]1973年 CBトランシーバーのブームに対応
- [13]1978年 インベーダーゲーム向けICの取扱いに参入
- [14]1983年 任天堂ファミリーコンピュータのソフト生産に関与
1980年には連結売上高が100億円を突破し[15]、創業から12年で母の語った規模に到達した。自社ブランド「TAXAN」は、日本語の「沢山」に由来し[16]、たくさん売ってたくさん幸せになる願いと、社名にXとNが入ると有名になるという米国のジンクスを掛けて1982年ごろ名づけられた。1981年には米国にTAXAN USA CORP.を設立[17]し、TAXAN名義でアップル社製パソコン用CRTモニター「KG-12」を投入、翌1982年にはカラーモニター「TAXAN RGB VISION」[18]が大ヒットして米国での商標認知が広がった。加賀電子はこれにより、部品商社でありながら自社開発製品を持つメーカー機能を併せ持つ事業形態へと広げた。
- 加賀電子 有価証券報告書【沿革】
- [15]1980年 連結売上高100億円突破
- [17]1981年 米国にTAXAN USA CORP.を設立しTAXAN名義でCRTモニター「KG-12」を投入
- [18]1982年 アップル向けカラーモニター「TAXAN RGB VISION」が大ヒット
- 証券アナリストジャーナル(1986年3月)
- [16]自社ブランド「TAXAN」の語源は「沢山」+社名にX・Nが入ると有名になる米国のジンクス、1982年ごろ命名
- 加賀電子 有価証券報告書【沿革】
- [12]1973年 CBトランシーバーのブームに対応
- [13]1978年 インベーダーゲーム向けICの取扱いに参入
- [14]1983年 任天堂ファミリーコンピュータのソフト生産に関与
- [15]1980年 連結売上高100億円突破
- [17]1981年 米国にTAXAN USA CORP.を設立しTAXAN名義でCRTモニター「KG-12」を投入
- [18]1982年 アップル向けカラーモニター「TAXAN RGB VISION」が大ヒット
- 証券アナリストジャーナル(1986年3月)
- [16]自社ブランド「TAXAN」の語源は「沢山」+社名にX・Nが入ると有名になる米国のジンクス、1982年ごろ命名
店頭登録までの17年 ── 資本市場への第一歩
1985年6月、加賀電子は本店を東京都千代田区外神田六丁目へ移転し[19]、創業の地である秋葉原電気街へ回帰した。同年12月には英国にTAXAN(UK)LTD.を設立[20]して欧州での自社ブランド販売に乗り出すとともに、社団法人日本証券業協会・東京地区協会へ株式を登録し[21]、店頭公開銘柄として資本市場との接点を初めて持った。創業から17年、社員2人・資本金100万円の事務所から始まった同社は[22]、株式公開によって事業拡張資金の調達手段を制度として整えた。塚本氏は公明正大で公私混同を避け経営[23]をオープンにすることを信条とし、上場前から社員への経営情報開示と増資による外部資金調達を組み合わせていた。
- 加賀電子 有価証券報告書【沿革】
- [19]1985年6月 本店を東京都千代田区外神田六丁目へ移転
- [21]1985年12月 社団法人日本証券業協会・東京地区協会へ株式を登録(店頭登録)
- [22]創業時の資本金は100万円・社員2人
- 証券(1987年2月)
- [20]1985年12月 英国にTAXAN(UK)LTD.を設立
- 企業家倶楽部(2025年7月7日)
- [23]塚本氏は公明正大・公私混同を避ける経営を信条とした
加賀電子の創業17年は、無借金・在庫レスという経営規律と、便利屋型の品目柔軟性、そして自社ブランドTAXANによる海外展開という3つの軸を組み上げた期間だった。この3軸はそれぞれ単独で運営されたのではなく、顧客の前払いで仕入資金を確保する→在庫を持たず受注ごとに調達する→品目の専門化を避けて顧客の要望に応える→米国を含む販売先を広げて事業範囲を拡張する、という連鎖構造で結ばれていた。1985年の店頭登録は[24]、この連鎖構造を資本市場の検証に晒した節目であり、続く翌年の東京証券取引所市場第二部上場の前提条件を準備した。
- 加賀電子 有価証券報告書【沿革】
- [24]1985年の店頭登録と翌年(1986年)の東証二部上場
- 加賀電子 有価証券報告書【沿革】
- [19]1985年6月 本店を東京都千代田区外神田六丁目へ移転
- [21]1985年12月 社団法人日本証券業協会・東京地区協会へ株式を登録(店頭登録)
- [22]創業時の資本金は100万円・社員2人
- [24]1985年の店頭登録と翌年(1986年)の東証二部上場
- 証券(1987年2月)
- [20]1985年12月 英国にTAXAN(UK)LTD.を設立
- 企業家倶楽部(2025年7月7日)
- [23]塚本氏は公明正大・公私混同を避ける経営を信条とした