東芝のエンジニアが独立後にジャンク屋を営み、そこでバリコンの品質の低さに気づいたという経緯は、技術者としての目利きと販売現場での市場感覚が重なった結果である。菊名製作所での挫折による2年間の遅れを「かならずしもムダではなかった」と後年評価されているのは、この販売経験が製品選択に直…
部品メーカーが完成品領域に参入する場合、納入先のセットメーカーと競合関係が生じるリスクは避けがたい。アルプスはこの矛盾を、合弁会社という形式で本体とは別の法人に切り出すことで緩和した。モトローラとの合弁解消後も別会社として上場させたのは、部品事業と完成品事業の利益相反を組織的に分…
1992年時点でアルプスの海外生産比率は24.5%、同業ミツミ電機は約70%であった。この差は経営判断の速度の差であると同時に、1987年に片岡勝太郎が設定した「マキシマム30%」という目標が組織の動きを規定した結果でもある。創業者の設計思想が円高という環境変化のもとで制約に転じ…
栗山が就任時に掲げた「仕事を増やそう」というメッセージは、経営戦略としては自明に見える。しかし265億円の赤字を経験した組織においては、コスト削減と守りの意識が支配的になっており、成長へのマインドセットを取り戻すこと自体が課題であった。3年間同じメッセージを繰り返したという事実は…
経営統合の臨時株主総会における賛成率は73.3%であったが、親会社アルプス電気の保有分を除外すると賛成は32.38%にとどまり、反対の26.70%との差はわずかであった。形式的には特別決議の要件を満たしているが、少数株主の間では賛否が拮抗していたことを意味する。30年間上場企業と…