重要な意思決定
19936月

大規模リストラと事業本部制への転換

背景

5期連続減収と「部品の総合デパート」の代償

1991年3月期、アルプス電気は売上高3,551億円というピークを記録した。しかし翌年から急激な減収が始まり、1996年3月期には2,179億円まで落ち込む。5期連続の減収であり、ピークからの下落率は約39%に達した。1948年の創業から1990年までの42年間で減収はわずか4回しかなかった企業にとって、この連続減収は未曾有の事態であった。「部品の総合デパート」として飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けてきた名門が、90年代に入って転落の道を歩み始めたのである。

業績不振の第一の原因は、円高に伴うセットメーカーの海外移転に対する対応の遅れであった。1990年時点でアルプスの海外生産比率は22.1%、1992年でも24.5%にとどまっていた。同業のミツミ電機はすでに70%近くに達しており、円高を追い風にとって低コスト化に先行することで7期連続の増収増益を達成していた。片岡勝太郎が1987年に掲げた「海外生産比率マキシマム30%」という目標は、結果として海外シフトの速度を抑制する足枷となり、競合との差を広げる要因となった。

第二の原因は「部品の総合デパート」戦略の行き過ぎであった。部品の種類は12万点にまで膨張し、研究開発投資は個々の製品に薄く広く分散した。片岡政隆社長は「バブル経済に乗って、黙っていても注文が入ってきた。注文通りの設計をこなしていれば売り上げは伸びた。受け身になって、独自の強みを生み出せなかった」と振り返っている。技術担当取締役の清野哲弘も「総合電子部品という名前におぼれてしまった。何にでも手を出し過ぎていた」と認めており、バブル期の受注環境が組織の危機感を麻痺させていた。

決断

1,300人の希望退職と125の部課廃止による事業本部制の導入

1993年6月、アルプス電気は大規模な構造改革に踏み切った。社員1,300人の希望退職を募集し、400人以上を子会社に出向させた。東北地方の3工場を閉鎖し、1993年3月から1996年3月にかけて社員数を6,832人から5,000人へ、約3分の2に削減した。創業以来最大の人員削減であった。さらに不採算部品の整理も並行して進め、利益の見込めないハードディスクドライブや液晶ディスプレーの一部を生産中止にし、部品の種類を12万点から8万点へと3分の1を削減した。

組織構造も根本的に改めた。それまで部品ごと・工場ごとに分かれていた125の部課を廃止し、車載電装部品・情報通信機器用部品・一般電子部品の3事業本部に再編成した。目的はトップダウンではない、事業本部単位の自主的な経営の実現にあった。権限委譲により現場での意思決定が迅速化し、「2週間かかっていた見積もりが1日でできるようになった」と車載電装事業部の担当者は語っている。社内の電子メールを使った業務改善アイデアの募集では、半年間で1,205件が集まり、待ちの意識が変わり始めた兆候が見えた。

生産方式も抜本的に見直した。「何でも自動化すればいい」という従来の設備投資方針を転換し、「屋台ライン」と呼ばれる1人組み立て方式を導入した。組み立て工程が屋台のように移動できるユニットになっており、製品の種類や量の変化に応じて簡単にラインを変更できる。ベルトコンベヤーを廃止した宮城県の車載電装事業部では、従業員が600人から440人に3割減ったにもかかわらず、生産量はむしろ増加した。「1人組み立てで生産性が5割と見違えるように上がった」と現場の担当者は語っている。

結果

海外生産比率40%超と「攻め」への転換

リストラの過程でアルプスは海外生産シフトを急加速させ、1996年3月には海外生産比率が40%を超えた。1990年の22.1%から6年で倍増させた計算になる。生産工程の見直しも全社レベルで実施され、工場によっては生産性が2倍になったところもあった。事業本部制の下で現場の意思決定が迅速化し、成績評価にも新規取引先の獲得件数を加えるなど、受け身の姿勢を変えるための制度的な改革が並行して進められた。守りから攻めへの転換を組織的に促す仕組みが整えられていった。

事業本部制が生んだ「攻め」の意識は、新規事業にも波及した。1995年1月、マイクロドライ方式のカラープリンターを自社ブランドで発売する。部品メーカーが納入先と競合する完成品を自社ブランドで売るという「掟破り」の判断であったが、これは事業本部長の決断によるボトムアップの提案が実現したものであった。定価69,800円のこの製品は、当初見込みの2倍近い20万台を売り上げた。開発部隊80人のうちほとんどが営業未経験ながら秋葉原で販売促進に従事するなど、組織の意識変化を象徴する事例となった。

ただし、片岡政隆社長は構造改革の成果に安堵していなかった。「手綱を緩めたらまた元に戻るだろう。TDKにはフェライト、京セラにはセラミックという他にまねできない素材がある。じゃあアルプスは何と聞かれるとそんな強みがない」。実際に競合との経営指標を比較すると、TDKは借入金依存度1.8%、自己資本比率77.9%と盤石であり、ミツミ電機のROE11.8%に対しアルプスは0.6%にとどまっていた。アルプスの回復はコスト削減による守りの改善であり、独自の技術的優位性の獲得には至っていなかった。