名村造船所 の歴史

創業

1911年

創業者

名村源之助

創業地

大阪府大阪市

直近売上高(2026/3)

1,590億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1911年に大阪湾で個人創業した造船所は、一世紀を超えて創業家が社長を継いでこられたのか
A 創業の流儀が、家が代々持ち続けても揺らがない財務体質を支えたためである。父・源兵衛の築港事業失敗で田畑を失った名村源之助は、借入による過剰投資を避ける「堅実経営」と、取引先に迷惑をかけない「信用第一主義」を商売の柱に据えた。1911年に大阪・安治川河口で個人創業した名村造船鉄工所は、1931年に旧村尾造船所の施設を買い取って株式会社へ改め、1949年に大阪証券取引所へ上場する。資本市場へ出てなお、上場後は名村建彦氏、続く名村建介氏と親子で社長の座を継ぎ、過剰債務に頼らぬ堅実な家業として一世紀を保った
Q なぜ1974年に大阪を離れ、その後2014年までに函館・佐世保を加えた造船3拠点へ広げたのか
A 大阪の工場は河川に挟まれて川幅の制約があり、大型化する船舶を建造できなかったため、より広い用地を求めて九州へ主力を移した。1974年に佐賀県の伊万里工場を稼働させた名村は、戦後の増資で資本金を190倍に厚くした体力を背景に、2001年に函館どつくへ資本参加し2008年に経営権を握り、2014年に佐世保重工業を株式交換で完全子会社化した。商船に加え艦艇修繕や特殊船を抱える伊万里・函館・佐世保の3拠点は、中堅造船所として国内最大級の生産網となった
Q なぜ2022年に佐世保重工の新造船を止めて伊万里へ集約したのか
A リーマン後に十年以上続いた商船市況の低迷に中国勢の安値受注が重なり、老朽化した佐世保の設備では新鋭造船所とのコスト差を短期で埋められないと判断したためである名村建介社長は新造船を一気通貫で再開する考えはほぼ持たないと述べ、佐世保の建造ドックを防衛省向けの艦艇修繕と舶用クランクシャフトの整備へ振り向けた。佐世保・函館へは債権の株式化で資本を注ぎ、新造船を伊万里一カ所へ集めて固定費を軽くした。中韓造船所の建造能力が飽和して受注価格が回復すると、身軽になった伊万里集中の体制がその波に乗り、営業利益率18.5%まで反転した

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1911年〜 大阪での個人創業から伊万里工場を主拠点とする中堅造船会社へ

名村造船所の業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1911年 名村源之助個人により名村造船鉄工所を創業
  2. 1931年 旧村尾造船所の施設を買収し名村造船所として新発足
  3. 1942年 東京事務所開設
  4. 1949年 大阪証券取引所に株式上場
  5. 1949年 増資を実施
  6. 1961年 陸上部門に参入
  7. 1972年 主力造船拠点の大阪から佐賀・伊万里への移転と新工場建設 船が大型化するなか、名村造船所はなぜ創業60年の木津川筋を離れ、伊万里湾を選んだか

名村源之助の個人創業と株式会社化・上場

名村造船所の出発点は、創業者・名村源之助(1878年生まれ)が造船の現場で積んだ修業にある。父・源兵衛が私財を投じた築港事業の失敗で生家の田畑を失い、源之助は少年期から神戸の造船所(現在の川崎重工業神戸造船所)、ついで大阪鉄工所(現在の日立造船桜島工場)で鉄工として働き、造船の技術を身につけた。1911年2月、源之助は大阪・安治川河口の「源兵衛渡し」に近い上野鉄工所(現在の西区南安治川通)を発祥の地として、個人経営で名村造船鉄工所を起こした。明治末期の大阪は紡績・繊維機械の生産拠点として工業集積が進んだ地域で、舶用機械の修繕需要と小型船舶の建造需要が同時に発生していた。 [1][2][3][4][5]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1911年2月 名村源之助が個人経営で名村造船鉄工所を創業
    • [2]創業者の氏名は名村源之助
  • 造船55年(名村造船所・1967年刊)
    • [3]創業者 名村源之助は1878年(明治11年)生まれ
    • [4]源之助は父・源兵衛の築港失敗で家産を失い、神戸の造船所(現・川崎重工業神戸造船所)と大阪鉄工所(現・日立造船桜島工場)で鉄工として造船を学んだ
    • [5]発祥の地は安治川河口「源兵衛渡し」近くの上野鉄工所(現・西区南安治川通)。有報沿革の「大阪市大正区」表記は1913年の難波島移転後の所在地にあたる

1913年には大阪・難波島(後の大正区今木町)へ移って「名村造船鉄工所」の看板を掲げ、第1次世界大戦期の浦賀丸(300総トン、1915年引き渡し)を皮切りに建造船を大型化させ、1920年ごろには1,000総トン級の建造へと規模を伸ばした。1931年4月、旧村尾造船所の施設を買収して株式会社名村造船所として法人形態で新発足し、本拠を大阪市住之江区に置いた。創業から20年で個人事業から株式会社へ移行し、戦前期の大阪湾を拠点とする中堅造船所として規模を整えた。1949年6月には大阪証券取引所に株式上場(資本金8百万円)を果たし、戦後復興期の重工業として資本市場に参入した。 [6][7][8][9]

  • 造船55年(名村造船所・1967年刊)
    • [6]1913年 大阪・難波島(後の大正区今木町)へ移転し「名村造船鉄工所」の看板を掲げた
    • [7]第1次大戦期の浦賀丸(300総トン・1915年引渡)を機に建造船を大型化し、1920年ごろ1,000総トン級に到達
  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1931年4月 旧村尾造船所の施設を買収し株式会社名村造船所として新発足(本拠 大阪市住之江区)
    • [9]1949年6月 大阪証券取引所に株式上場(資本金8百万円)
  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1911年2月 名村源之助が個人経営で名村造船鉄工所を創業
    • [2]創業者の氏名は名村源之助
    • [8]1931年4月 旧村尾造船所の施設を買収し株式会社名村造船所として新発足(本拠 大阪市住之江区)
    • [9]1949年6月 大阪証券取引所に株式上場(資本金8百万円)
  • 造船55年(名村造船所・1967年刊)
    • [3]創業者 名村源之助は1878年(明治11年)生まれ
    • [4]源之助は父・源兵衛の築港失敗で家産を失い、神戸の造船所(現・川崎重工業神戸造船所)と大阪鉄工所(現・日立造船桜島工場)で鉄工として造船を学んだ
    • [5]発祥の地は安治川河口「源兵衛渡し」近くの上野鉄工所(現・西区南安治川通)。有報沿革の「大阪市大正区」表記は1913年の難波島移転後の所在地にあたる
    • [6]1913年 大阪・難波島(後の大正区今木町)へ移転し「名村造船鉄工所」の看板を掲げた
    • [7]第1次大戦期の浦賀丸(300総トン・1915年引渡)を機に建造船を大型化し、1920年ごろ1,000総トン級に到達

戦後の増資・多角化と三笠丸が示した実力

1949年から1972年にかけては段階的な増資が継続し、資本金は8百万円から1,550百万円へ約190倍に拡大した。1949年9月20百万円、1951年11月60百万円、1956年3月180百万円、1960年10月360百万円、1963年10月720百万円、1966年10月1,008百万円、1972年4月1,550百万円と、ほぼ4年に1回のペースで増資が実施され、戦後高度成長期の造船需要拡大と歩調を合わせる資本拡張が続いた。1961年9月には鉄構工場を新設し陸上部門に進出、造船以外への事業多角化を開始した。1972年12月には名和産業(現連結子会社)を設立して周辺事業の育成を始めた。 [10][11][12][13]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [10]資本金は8百万円から1,550百万円へ拡大(約190倍)
    • [11]増資推移 1949/9 20百万・1951/11 60百万・1956/3 180百万・1960/10 360百万・1963/10 720百万・1966/10 1,008百万・1972/4 1,550百万円
    • [12]1961年9月 鉄構工場を新設し陸上部門に進出(造船以外への多角化開始)
    • [13]1972年12月 名和産業を設立(現連結子会社)

戦後の名村を象徴する仕事が、日本郵船向けに建造した貨物船「三笠丸」である。1955年7月に起工し1956年3月に竣工した4,100総トンの遮浪甲板型貨物船で、日本郵船のM型第1船にあたる。名村は大手造船所との見積競争を制してこの受注を獲得しており、日本郵船が大型貨物船の建造を中堅造船所へ発注した最初の事例として業界の注目を集めた。木津川筋の小さな一造船所が、最大手海運会社から大手造船所並みの優秀船を任される水準に達したことを示す画期だった。こうした実績の底流には、創業以来の「生産第一主義」、取引先に迷惑をかけないことを旨とする「信用第一主義」、そして借入による過剰投資を避ける「堅実経営」という、創業者譲りの経営の流儀があった。1967年に編まれた社史は、この伝統を「協調融和」「研究努力」「実行前進」という社是に要約している。 [14][15][16][17]

  • 造船55年(名村造船所・1967年刊)
    • [14]三笠丸は日本郵船向けM型第1船で4,100総トンの遮浪甲板型貨物船、1955年7月起工・1956年3月竣工
    • [15]名村は大手造船所との見積競争を制して受注し、日本郵船が大型貨物船を中堅造船所へ発注した最初の事例となった
    • [16]創業以来「生産第一主義」「信用第一主義」「堅実経営」を経営の柱とした
    • [17]1967年の社史は伝統を社是「協調融和」「研究努力」「実行前進」に要約
  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [10]資本金は8百万円から1,550百万円へ拡大(約190倍)
    • [11]増資推移 1949/9 20百万・1951/11 60百万・1956/3 180百万・1960/10 360百万・1963/10 720百万・1966/10 1,008百万・1972/4 1,550百万円
    • [12]1961年9月 鉄構工場を新設し陸上部門に進出(造船以外への多角化開始)
    • [13]1972年12月 名和産業を設立(現連結子会社)
  • 造船55年(名村造船所・1967年刊)
    • [14]三笠丸は日本郵船向けM型第1船で4,100総トンの遮浪甲板型貨物船、1955年7月起工・1956年3月竣工
    • [15]名村は大手造船所との見積競争を制して受注し、日本郵船が大型貨物船を中堅造船所へ発注した最初の事例となった
    • [16]創業以来「生産第一主義」「信用第一主義」「堅実経営」を経営の柱とした
    • [17]1967年の社史は伝統を社是「協調融和」「研究努力」「実行前進」に要約

伊万里工場稼働と多角化、バブル後の収益基盤拡張

1972年10月、九州・佐賀県伊万里湾で伊万里工場の建設を起工し、1974年11月に竣工した。大阪での創業から60年以上経過して、主力造船拠点を九州西岸へ移す設備投資である。1979年10月には大阪工場の設備を売却して生産集約を進め、1982年7月には本社を大阪市住之江区から西区に移転した。1983年1月には伊万里事業所に海洋陸機工場を新設し(旧伊万里工場改称)、海洋構造物事業へ踏み込んだ。1983年7月の玄海テック設立・名村情報システム設立、1986年9月の名村エンジニアリング設立と、伊万里を中心とするグループ会社の整備が1980年代を通じて続いた。 [18][19][20][21][22][23]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [18]1972年10月 伊万里工場の建設を起工
    • [19]1974年11月 伊万里工場竣工
    • [20]1979年10月 大阪工場の設備を売却(生産集約)
    • [21]1982年7月 本社を大阪市住之江区から西区に移転
    • [22]1983年1月 伊万里事業所に海洋陸機工場を新設(旧伊万里工場改称)
    • [23]1983年7月 玄海テック設立・名村情報システム設立/1986年9月 名村エンジニアリング設立

1988年1月には米国のモーニングダイダラスナビゲーション社を買収(現連結子会社)し、海外船舶運航事業を取り込んだ。1990年4月には名古屋営業所を開設、同年10月に事業部制を実施してグループ管理の組織化を導入した。1992年1月のメックマシナリー株式会社買収で工作機械事業に参入し、1997年8月には株式会社オリイの株式を公開買付で31.6%取得、2000年12月にはオリイとメックマシナリーが合併してオリイメックが発足した。本業の造船から派生して機械・工作機械・海運・情報システムへ広がる多角化が、1990年代を通じて続いた。一方、本業の収益貢献度では伊万里工場の造船事業が依然として中心で、多角化事業は補完的位置づけにとどまった。 [24][25][26][27][28]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [24]1988年1月 米国のモーニングダイダラスナビゲーション社を買収(現連結子会社)
    • [25]1990年4月 名古屋営業所を開設/同年10月 事業部制を実施
    • [26]1992年1月 メックマシナリー株式会社買収で工作機械事業に参入
    • [27]1997年8月 株式会社オリイの株式を公開買付で31.6%取得
    • [28]2000年12月 オリイとメックマシナリーが合併しオリイメックが発足
  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [18]1972年10月 伊万里工場の建設を起工
    • [19]1974年11月 伊万里工場竣工
    • [20]1979年10月 大阪工場の設備を売却(生産集約)
    • [21]1982年7月 本社を大阪市住之江区から西区に移転
    • [22]1983年1月 伊万里事業所に海洋陸機工場を新設(旧伊万里工場改称)
    • [23]1983年7月 玄海テック設立・名村情報システム設立/1986年9月 名村エンジニアリング設立
    • [24]1988年1月 米国のモーニングダイダラスナビゲーション社を買収(現連結子会社)
    • [25]1990年4月 名古屋営業所を開設/同年10月 事業部制を実施
    • [26]1992年1月 メックマシナリー株式会社買収で工作機械事業に参入
    • [27]1997年8月 株式会社オリイの株式を公開買付で31.6%取得
    • [28]2000年12月 オリイとメックマシナリーが合併しオリイメックが発足

1991年〜 造船3拠点体制とリーマン後の構造不況

名村造船所の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1992年 メックマシナリーを買収
  2. 1992年 第一回物上担保付転換社債70億円発行
  3. 1997年 オリイ株式を公開買付により31.6%取得
  4. 2001年 函館どつくに資本参加
  5. 2006年 伊万里事業所の船舶建造設備を増強(第一次大型設備投資)
  6. 2008年 函館どつく第三者割当増資全額引受けにより議決権比率88.7%取得
  7. 2014年 佐世保重工業の株式交換による完全子会社化と伊万里・函館・佐世保の3拠点体制の構築 中国・韓国のコスト攻勢に対し、名村建介社長はなぜ竣工量国内3位まで規模を広げたか

函館どつく資本参加と佐世保重工買収による3拠点化

2001年3月、函館どつく株式会社に資本参加し、北海道函館を含む造船グループの拡大に着手した。函館どつくは北海道唯一の中型造船所で、新造船・修繕船・艦艇の三事業を持つ独立系造船会社だった。2008年3月には函館どつくの第三者割当増資を全額引受け、議決権比率を88.7%へ引き上げて経営権を獲得した。同時期、2006年2月の伊万里事業所船舶建造設備の増強(第一次設備投資)、2007年7月の第二次設備投資が続き、伊万里の生産能力を世界市場の30万重量トン級VLCCタンカー・10〜20万重量トン級バルク船受注へ対応できる水準まで拡張した。 [29][30][31]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [29]2001年3月 函館どつく株式会社に資本参加
    • [30]2008年3月 函館どつくの第三者割当増資全額引受けにより議決権比率88.7%を取得(経営権獲得)
    • [31]2006年2月 伊万里事業所の船舶建造設備を増強(第一次大型設備投資)/2007年7月 第二次大型設備投資

2014年10月、佐世保重工業を株式交換により完全子会社化した。佐世保重工は長崎県佐世保市の艦艇修繕・新造船・機械事業を持つ造船会社で、買収により名村造船所は伊万里・函館・佐世保の3拠点体制を組み上げた。中堅造船所としては国内最大級の生産網であり、商船・艦艇修繕・特殊船舶を含む受注ポートフォリオを擁する事業構造が整った。2013年7月の東証・大証統合により東証一部に上場し、資本市場での位置づけも整った。連結売上はFY13(2014年3月期)1,245億円からFY15(2016年3月期)1,472億円へ伸び、FY13・FY14の経常利益はそれぞれ236億円・221億円という高水準を記録した。 [32][33]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [32]2014年10月 佐世保重工業を株式交換により完全子会社化(伊万里・函館・佐世保の3拠点体制)
    • [33]2013年7月 東証・大証統合により東証一部に上場
  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [29]2001年3月 函館どつく株式会社に資本参加
    • [30]2008年3月 函館どつくの第三者割当増資全額引受けにより議決権比率88.7%を取得(経営権獲得)
    • [31]2006年2月 伊万里事業所の船舶建造設備を増強(第一次大型設備投資)/2007年7月 第二次大型設備投資
    • [32]2014年10月 佐世保重工業を株式交換により完全子会社化(伊万里・函館・佐世保の3拠点体制)
    • [33]2013年7月 東証・大証統合により東証一部に上場

リーマン後の商船市況悪化と5期連続営業損失

しかし2010年代半ば以降、中国・韓国造船所との競争激化と円高、商船発注の世界的低迷が同時に進行した。FY15(2016年3月期)に連結経常利益55億円・純利益73億円まで縮小したのち、FY16(2017年3月期)は連結営業損失93億円・純損失113億円、FY17(2018年3月期)は連結営業損失194億円・純損失205億円、FY18(2019年3月期)は連結営業損失41億円(資産売却益で最終損益は6億円の黒字)、FY19(2020年3月期)は連結営業損失160億円・純損失180億円、FY20(2021年3月期)は連結営業損失104億円・純損失188億円と、FY16からFY20まで5期連続で営業損失を計上した。3拠点体制での固定費負担と商船受注価格の低迷が同時に効いた結果で、創業以来最大級の経営危機が顕在化した。

2018年10月、オリイメックをアマダホールディングスに全株譲渡して工作機械事業から撤退した。1992年のメックマシナリー買収以来26年間続いた工作機械事業の撤収は、本業の造船赤字を抑える原資確保のための事業整理だった。2017年11月にはエヌウェーブベトナム社を設立(現連結子会社)して東南アジア生産拠点を確保し、商船建造のコスト構造を組み替える試みも実施した。連結純資産はFY14(2015年3月期)869億円からFY21(2022年3月期)437億円へ約半減し、自己資本比率の低下が継続した。経営は伊万里・函館・佐世保の3拠点体制を維持できるかどうかという構造論点に直面した。 [34][35]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2018年10月 オリイメックをアマダホールディングスに全株譲渡し工作機械事業から撤退
    • [35]2017年11月 エヌウェーブベトナム社を設立(現連結子会社)
  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2018年10月 オリイメックをアマダホールディングスに全株譲渡し工作機械事業から撤退
    • [35]2017年11月 エヌウェーブベトナム社を設立(現連結子会社)

2018年〜 佐世保重工新造船休止とV字回復

名村造船所の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2018年 オリイメックをアマダHDに全株譲渡
  2. 2018年 大阪営業所開設
  3. 2019年 函館どつくの第三者割当増資全額引受けにより優先株式6万株取得
  4. 2022年 佐世保重工業の新造船事業の休止と、伊万里への造船集約 5期連続の営業損失をどう止めるか——3拠点体制の縮小と修繕・機械への絞り込み
  5. 2022年 佐世保重工業に対する債権の株式化(DES)を実施
  6. 2022年 函館どつくの債権をDESにより株式化
  7. 2022年 第三者割当増資の全額引受けで優先株式6万株を取得

2022年佐世保重工新造船休止と東証スタンダード移行

2022年1月、佐世保重工業の新造船事業を休止し、艦艇修繕と機械事業の両事業構造改革を実施した。2014年の佐世保重工買収から8年で新造船を止め、艦艇修繕(防衛省向け)と機械事業(産業機械・舶用機関整備)に絞り込む決定である。3拠点体制の中で佐世保重工の新造船赤字が継続していたため、本体の財務悪化を抑える事業整理が必要だった。同年3月には佐世保重工に対する債権の株式化(DES)を実施、7月には函館どつくに対する債権のDESによる第三者割当増資全額引受けで優先株式6万株を取得し、子会社の財務基盤を本体の引受けで支える資本構造の整理が並行して進んだ。 [36][37][38]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [36]2022年1月 佐世保重工業の新造船事業を休止し艦艇修繕と機械事業の両事業構造改革を実施
    • [37]2022年3月 佐世保重工に対する債権の株式化(DES)を実施
    • [38]2022年7月 函館どつくに対する債権のDESによる第三者割当増資全額引受けで優先株式6万株を取得

2022年4月、東京証券取引所スタンダード市場へ移行した。2013年7月以来の東証一部上場から落ちる市場区分再編対応で、流通株式比率・時価総額の基準充足が困難と判断された結果である。同年3月には伊万里鉄鋼センターを完全子会社化し、グループ内の鋼材調達機能を内製化した。市場区分の格下げと事業構造改革を同じ時期に実行した経緯は、創業以来の中堅造船専業企業としての位置づけそのものを再検討する局面に立ち会った。連結売上はFY20(2021年3月期)984億円・FY21(2022年3月期)834億円と縮小し、純損失を計上した4期(FY16・FY17・FY19・FY20)の累積は650億円を超えた。 [39][40]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [39]2022年4月 東京証券取引所スタンダード市場へ移行(2013年7月以来の東証一部から)
    • [40]2022年3月 伊万里鉄鋼センターを完全子会社化(グループ内の鋼材調達機能を内製化)
  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [36]2022年1月 佐世保重工業の新造船事業を休止し艦艇修繕と機械事業の両事業構造改革を実施
    • [37]2022年3月 佐世保重工に対する債権の株式化(DES)を実施
    • [38]2022年7月 函館どつくに対する債権のDESによる第三者割当増資全額引受けで優先株式6万株を取得
    • [39]2022年4月 東京証券取引所スタンダード市場へ移行(2013年7月以来の東証一部から)
    • [40]2022年3月 伊万里鉄鋼センターを完全子会社化(グループ内の鋼材調達機能を内製化)

中国・韓国との価格競争緩和と造船市況回復によるV字反転

しかしFY22(2023年3月期)以降、商船建造市況は2年で回復した。連結売上はFY21の834億円からFY22の1,241億円、FY23の1,350億円、FY24の1,592億円へ3期で約2倍に拡大し、連結営業利益はFY22 96億円・FY23 165億円・FY24 295億円、親会社株主帰属純利益はFY22 112億円・FY23 200億円・FY24 262億円と、3期連続で増益を続けた。FY24(2025年3月期)の連結営業利益率は18.5%に達し、創業以来最高水準の収益体質となった。中国・韓国造船所の建造能力が一時的に飽和したことで、伊万里工場の中型バルク船・タンカー・コンテナ船の受注価格が前期比2〜3割改善したことが、急回復の主因である。

世界の造船受注はLNG運搬船・コンテナ船を中心に韓国造船所への集中度が高まる一方、中型バルク・タンカー領域では中国・韓国の生産能力が飽和したことで、日本の中堅造船所が受注機会を取り戻した。名村造船所はFY22以降の受注残を伊万里工場のキャパシティで吸収しつつ、佐世保重工と函館どつくは新造船を止めて修繕・艦艇・特殊船舶に絞り込む方針で、伊万里集中型の事業構造へ転換した。1911年の名村源之助の個人創業から114年で、伊万里工場を主拠点とする中型船舶建造企業として、創業以来最大級の収益を計上する局面に到達した。一方、現在の高収益は中韓造船所の能力飽和という外部要因による側面が、構造的な競争優位を確立できているかどうかは次の市況サイクルで試される局面となる。創業家・名村建介社長は、伊万里集中の高収益と佐世保・函館の縮小事業の組み合わせをどう次世代に渡すかという、同族造船企業に固有の継承課題に直面している。 [41][42]

  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [41]1911年の名村源之助の個人創業から114年(=2025年3月期時点)
  • 名村造船所 有価証券報告書【役員の状況】
    • [42]現社長は創業家の名村建介(代表取締役社長)
  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
    • [41]1911年の名村源之助の個人創業から114年(=2025年3月期時点)
  • 名村造船所 有価証券報告書【役員の状況】
    • [42]現社長は創業家の名村建介(代表取締役社長)

名村造船所の沿革1911〜2022年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
名村源之助個人により名村造船鉄工所を創業★★
旧村尾造船所の施設を買収し名村造船所として新発足★★
東京事務所開設
大阪証券取引所に株式上場
増資を実施
増資を実施
増資を実施
増資を実施
鉄構工場を新設
陸上部門に参入★★
増資を実施
増資を実施
増資を実施
主力造船拠点の大阪から佐賀・伊万里への移転と新工場建設船が大型化するなか、名村造船所はなぜ創業60年の木津川筋を離れ、伊万里湾を選んだか 詳細を読む★★★
名和産業を設立
伊万里工場竣工
大阪工場の設備売却
35%減資
伊万里事業所に海洋陸機工場新設
玄海テック設立
名村エンジニアリング設立
モーニングダイダラスナビゲーション社を買収
事業部制実施
メックマシナリーを買収
第一回物上担保付転換社債70億円発行
オリイ株式を公開買付により31.6%取得★★
名村マリン設立
オリイとメックマシナリーが合併しオリイメック発足
函館どつくに資本参加★★
オリイメックを株式交換により完全子会社化
名村建彦伊万里事業所の船舶建造設備を増強(第一次大型設備投資)★★
名村建彦函館どつく第三者割当増資全額引受けにより議決権比率88.7%取得★★
名村建介佐世保重工業の株式交換による完全子会社化と伊万里・函館・佐世保の3拠点体制の構築中国・韓国のコスト攻勢に対し、名村建介社長はなぜ竣工量国内3位まで規模を広げたか 詳細を読む★★★
名村建介エヌウェーブベトナム社を設立
名村建介オリイメックをアマダHDに全株譲渡★★
名村建介大阪営業所開設
名村建介函館どつくの第三者割当増資全額引受けにより優先株式6万株取得
名村建介佐世保重工業の新造船事業の休止と、伊万里への造船集約5期連続の営業損失をどう止めるか——3拠点体制の縮小と修繕・機械への絞り込み 詳細を読む★★★
名村建介佐世保重工業に対する債権の株式化(DES)を実施
名村建介函館どつくの債権をDESにより株式化
名村建介第三者割当増資の全額引受けで優先株式6万株を取得
出典・参考
  • 名村造船所 有価証券報告書【沿革】
  • 造船55年(名村造船所・1967年刊)
  • 名村造船所 有価証券報告書【役員の状況】

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