1953年〜 呉服店からセルフサービス・チェーンへ ── 小商圏型衣料品店の原型完成
しまむらの業績推移:単体
- 1953年 島村呉服店として設立
- 1957年 セルフサービスシステムを導入
- 1961年 東松山店を開店しチェーン化を開始
- 1981年 POSシステムによる全店オンライン・単品管理を開始
- 1996年 子会社アベイルを設立
- 1998年 思夢樂の1号店を開設
- 1999年 自前主義のローコスト経営——電算と物流を内製して築いた「しまむらモデル」 駅前を避けた小商圏で薄利多売を成り立たせるために、なぜ電算と物流を外注せず自社で抱え込んだのか
「商品回転率を基準に品揃え」── 呉服店主のチェーン化決断
1953年5月、創業者の島村恒俊氏は[1]埼玉県比企郡小川町で家業の呉服販売の[2]個人商店を株式会社に組織変更し、㈱島村呉服店として設立した[3]。同時に取扱品目を呉服のみから既製服・生地・仕立てへ拡大し、当時消費が伸び始めた既製衣料への業態転換に踏み切った。当時の小売衣料は呉服店・洋品店・百貨店の三層構造で、地方の町には呉服店が一般衣料を扱う以外の選択肢が乏しく、大量仕入れ・低価格販売の小売モデルは未確立だった。創業者の島村恒俊氏は「商品回転率を基準に品揃えを考えるべき」という考えを軸に据え、1957年4月に総合衣料の量販店を志向してセルフサービスシステムを導入した[4]。商品を主任が選び、客が自ら値札を見て選ぶ仕組みは、対面接客が前提の呉服店業態とは正反対の発想だった。
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [1]1953年5月 島村恒俊氏が埼玉県小川町で個人商店を株式会社化し㈱島村呉服店を設立
- [2]設立時の商号は㈱島村呉服店、所在は埼玉県比企郡小川町
- [3]創業者の氏名は島村恒俊
- [4]1957年4月 セルフサービスシステムを導入し総合衣料量販店を志向
1961年5月、東松山市材木町に2号店として東松山店を開店し[5]、営業の主体を本店から東松山店へ移した。仕入と販売を分離して商品を集中仕入制とし、ペガサスクラブの渥美俊一氏が提唱したチェーンストア理論を採用した。1970年には㈱東松山ショッピングセンターを設立して本社機能を東松山に移転[6]、1972年9月には商号を㈱島村呉服店から㈱しまむらへ変更[7]した。呉服店の屋号を残しつつ業態は総合衣料量販店へ全面転換し、店舗ごとの裁量で品揃えを決める呉服店モデルから、本部一括で全店の商品構成を決めるチェーンストアモデルへの移行が制度として確立した。創業期から20年弱で、商売の単位を「店」から「チェーン」へ組み替えた。
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [5]1961年5月 2号店として東松山店を開店しチェーン化を開始
- [6]1970年 ㈱東松山ショッピングセンターを設立し本社機能を東松山へ移転
- [7]1972年9月 商号を㈱島村呉服店から㈱しまむらへ変更
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [1]1953年5月 島村恒俊氏が埼玉県小川町で個人商店を株式会社化し㈱島村呉服店を設立
- [2]設立時の商号は㈱島村呉服店、所在は埼玉県比企郡小川町
- [3]創業者の氏名は島村恒俊
- [4]1957年4月 セルフサービスシステムを導入し総合衣料量販店を志向
- [5]1961年5月 2号店として東松山店を開店しチェーン化を開始
- [6]1970年 ㈱東松山ショッピングセンターを設立し本社機能を東松山へ移転
- [7]1972年9月 商号を㈱島村呉服店から㈱しまむらへ変更
自社開発の電算システムと専用物流で築いたローコストオペレーション
1975年5月、しまむらは商品管理を基本に社内の電算化を自社開発で開始した[8]。同年8月にはチャーター契約による専用便の運行を開始し[9]、外部物流業者への委託から自社主導の物流網構築へ転換した。1981年9月には商品管理をデータベース化し、全店舗をオンラインで結んでPOS[10]システム(マニュアルインプット)による7桁での単品管理を開始した。1980年代前半に全店オンライン単品管理を実現した小売チェーンは国内でもまだ少なく、1987年2月にはバーコード値札を導入してスキャニング[11]基本の管理体系に切り替えた。情報システムを内製で持つ意思決定が、後年の業態拡張時に既存システムを各業態へ転用できる土台となった。
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [8]1975年5月 商品管理を基本に社内電算化を自社開発で開始
- [9]1975年8月 チャーター契約による専用便の運行を開始
- [10]1981年9月 全店オンラインPOS(7桁単品管理)を開始
- [11]1987年2月 バーコード値札を導入しスキャニング管理体系へ変更
1984年9月に川口市に物流センターを建設し[12]、店舗への夜間定時配送と仕入伝票の廃止を実施した。納品検収業務を簡素化し、店舗の作業負荷を削減する仕組みである。1986年9月には店舗業務の標準化と合理化により、店長を除き全て定時社員だけで運営するM社員制度を開始した。[13]正社員に依存しない店舗運営モデルは、人件費の変動費化と地方出店の機動性確保を同時に実現した。1989年に当時専務だった藤原秀次郎氏が代表取締役専務に就任し、1990年5月に2代目社長として創業者の島村恒俊氏から経営を引き継いだ。藤原秀次郎氏は後に「中興の祖」と称される経営手腕で、自前主義のローコスト経営を体系化した。
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [12]1984年9月 川口市に物流センターを建設(夜間定時配送・仕入伝票廃止)
- [13]1986年9月 M社員制度を開始
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [8]1975年5月 商品管理を基本に社内電算化を自社開発で開始
- [9]1975年8月 チャーター契約による専用便の運行を開始
- [10]1981年9月 全店オンラインPOS(7桁単品管理)を開始
- [11]1987年2月 バーコード値札を導入しスキャニング管理体系へ変更
- [12]1984年9月 川口市に物流センターを建設(夜間定時配送・仕入伝票廃止)
- [13]1986年9月 M社員制度を開始
47都道府県制覇とアジア進出 ── 全国チェーン化の達成
1988年12月、しまむらは東京証券取引所市場第二部に上場し[14]、1991年8月には市場第一部の銘柄に指定された[15]。上場で得た資金は店舗網拡大と物流拠点整備に投じられ、1991年11月には岡山県へ出店して中国・四国地方への進出を開始[16]した。1993年8月に東北エリアの福島商品センター[17]、1994年10月に中国・四国の岡山商品センター[18]、同12月に中部・近畿の犬山商品センターを順次稼働させ[19]、日本を6地区に分けて物流拠点を整える全国網構想を具体化した。本部一括仕入・専用便配送・全店オンライン単品管理の三層構造を、地理的に薄く広く展開する戦略である。1997年12月の熊本県山鹿店出店で店舗数は500[20]店に達した。
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [14]1988年12月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [15]1991年8月 東証市場第一部の銘柄に指定
- [16]1991年11月 岡山県へ出店し中国・四国地方への進出を開始
- [17]1993年8月 福島商品センターを稼働
- [18]1994年10月 岡山商品センターを稼働
- [19]1994年12月 犬山商品センターを稼働
- [20]1997年12月 熊本県山鹿店出店で店舗数500店に到達
1996年4月にはヤングカジュアル業態のアベイルを子会社化[21]、1998年7月には台湾に思夢樂1号店を開設してアジア進出を開始した[22]。2000年7月に婦人ファッション雑貨のシャンブル[23]、同11月にベビー・子供用品のバースデイを相次いで立ち上げ[24]、1業態1チェーン体制から多業態グループへ移行する基盤を整えた。同年11月にはさいたま市に西大宮ファッションモールを開業し[25]、複数業態を組み合わせたオープンモール形式での出店モデルを開始した。狭い商圏に複数業態を寄せる出店手法は、立地一つあたりのグループ売上を引き上げる仕掛けである。
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [21]1996年4月 ヤングカジュアル業態のアベイルを子会社化
- [22]1998年7月 台湾に思夢樂1号店を開設しアジア進出を開始
- [23]2000年7月 婦人ファッション雑貨のシャンブルを立ち上げ
- [24]2000年11月 ベビー・子供用品のバースデイを立ち上げ
- [25]2000年11月 さいたま市に西大宮ファッションモールを開業
2002年10月、沖縄県名護市のしまむら名護店出店で47[26]全都道府県への出店を完了した。創業から49年、1972年の社名変更から30年で全国津々浦々への配荷網を完成させた。地方ロードサイドの小商圏(人口5万〜10万人圏)に集中出店する低家賃・薄利多売モデルは、藤原秀次郎社長時代に確立された自前主義の到達点である。第3代社長となる野中正人氏は後年[27]、20年ほど前から海外のファストファッション市場を観察していたと語っており、H&MやZARAなどグローバルSPAの台頭は当時すでに視野に入っていた。47都道府県制覇の完了直後から海外勢への対抗策が経営の中心テーマに浮上した。
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [26]2002年10月 沖縄県名護市のしまむら名護店出店で47全都道府県への出店を完了
- しまむら 有価証券報告書【役員の状況】
- [27]野中正人氏が第3代社長(生え抜き)
- しまむら 有価証券報告書【沿革】
- [14]1988年12月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [15]1991年8月 東証市場第一部の銘柄に指定
- [16]1991年11月 岡山県へ出店し中国・四国地方への進出を開始
- [17]1993年8月 福島商品センターを稼働
- [18]1994年10月 岡山商品センターを稼働
- [19]1994年12月 犬山商品センターを稼働
- [20]1997年12月 熊本県山鹿店出店で店舗数500店に到達
- [21]1996年4月 ヤングカジュアル業態のアベイルを子会社化
- [22]1998年7月 台湾に思夢樂1号店を開設しアジア進出を開始
- [23]2000年7月 婦人ファッション雑貨のシャンブルを立ち上げ
- [24]2000年11月 ベビー・子供用品のバースデイを立ち上げ
- [25]2000年11月 さいたま市に西大宮ファッションモールを開業
- [26]2002年10月 沖縄県名護市のしまむら名護店出店で47全都道府県への出店を完了
- しまむら 有価証券報告書【役員の状況】
- [27]野中正人氏が第3代社長(生え抜き)