2007年〜 既存セレクトショップへの逆張りで生まれたMade in Japan業態
TOKYO BASEの業績推移:単体
- 2008年 STUDIOUSを設立
- 2009年 デイトナ・インターナショナルから STUDIOUS原宿本店とオンラインストアを譲受
- 2010年 デイトナ・インターナショナルからSTUDIOUS新宿店を譲受し全店舗取得を完了
デイトナ社員が出した不採算店舗の再建案
2007年、24歳の谷正人氏はセレクトショップ『フリークスストア』を運営する株式会社デイトナ・インターナショナル(東京・原宿)に勤務しており、社内で不採算店舗の黒字化を任されていた。当時の国内セレクトショップ業態は、ビームス・ユナイテッドアローズ・シップス・トゥモローランドが二極化した市場を作り上げており、海外ブランドの輸入仕入と独自企画ブランドの組み合わせで20代後半から40代の都市部顧客を取り合っていた。各社の主力業態は40坪以上の路面店中心で、輸入比率の高い品揃えと欧米ブランドの権威性が競争軸だった。新興のセレクトショップ業態としては、原宿・代官山系のストリート寄り編集店が乱立していたが、これも欧米ブランドの輸入を主力としており、日本人デザイナーのブランドは脇役の編集要素として扱われるのが一般的だった。
谷氏が出した再建案は、業界の競争軸を逆転させる発想に立脚していた。輸入ブランド主体だった業界に対する逆張りの業態であり、デイトナ社内では実験的な位置付けで始まった。店舗面積は約30坪と業界標準より小ぶりで、家賃負担を抑えながらニッチ顧客に深く刺さる編集に振り切った設計だった。
2008年12月、谷氏とデイトナの同僚であった中水英紀氏が資本金300万円を出資して新会社『株式会社STUDIOUS』を設立した[1]。デイトナの子会社ではなく谷氏個人が出資する独立資本の会社としてのスタートであり[2]、谷氏は独立志向を強めており、デイトナ創業者の鹿島研一氏と交渉を重ねた末、2010年にSTUDIOUS事業を買収によって譲り受けた。[3]買収には数億円規模の資金が必要だったが、谷氏の実家である浜松の老舗百貨店『松菱』の流れを汲む谷家からの援助で資金を工面したとされる。創業時から店舗オペレーションと商品仕入の主力は谷氏が、財務と経営管理を中水CFOが担う2人体制でスタートした。中水CFOは日本アセアン投資(現・日本アジア投資)を経てノバレーゼでIPO準備を経験しており、谷氏のセレクトショップ運営力と中水氏の財務管理力を組み合わせて、創業初期から上場を視野に入れた経営管理体制を敷いた。
- TOKYO BASE 有価証券報告書 第18期(2026年1月期)【沿革】
- [1]2008年12月 株式会社STUDIOUSを設立
- [2]timelineは設立を「谷正人が資本金300万円で創業」と記録しており、「親会社デイトナの子会社」という資本関係は資産で確認できず矛盾。大株主CSVにも法人としてのデイトナ社は現れない(上場直後は個人の鹿島克美氏が18.93%保有)
- [3]STUDIOUS事業の譲受は2009年3月(原宿本店・オンラインストア)に始まり、2010年3月の新宿店譲受で全店舗取得を完了。「2010年に譲り受けた」は完了時期と整合
- TOKYO BASE 有価証券報告書 第18期(2026年1月期)【沿革】
- [1]2008年12月 株式会社STUDIOUSを設立
- [2]timelineは設立を「谷正人が資本金300万円で創業」と記録しており、「親会社デイトナの子会社」という資本関係は資産で確認できず矛盾。大株主CSVにも法人としてのデイトナ社は現れない(上場直後は個人の鹿島克美氏が18.93%保有)
- [3]STUDIOUS事業の譲受は2009年3月(原宿本店・オンラインストア)に始まり、2010年3月の新宿店譲受で全店舗取得を完了。「2010年に譲り受けた」は完了時期と整合
STUDIOUS拡大期と独自ブランドUNITED TOKYO投入の二本柱化
2010年代前半、STUDIOUSは新宿・心斎橋・池袋などの主要繁華街への出店を加速した。2011年にはZOZOTOWNへの出店を開始し、ECチャネルでも東京デザイナーズブランドのワンストップ販売店としての地位を築いた。同時期、リーマンショック後の景気低迷下で大手セレクトショップ各社が値下げセールに依存する販売構造に陥っていたなか、STUDIOUSはMade in Japanブランドのプロパー比率を保ち、定価販売で粗利率を確保する方針を貫いた。設立から6期目のFY13(2014年2月期)[4]に売上高30.8億円・経常利益4.97億円、7期目のFY14(2015年2月期)に売上高44.7億円・経常利益6.27億円と、3期で売上を約4倍に伸ばす成長軌道に乗った。粗利率は約53%を維持し、セール依存型の競合と比較して構造的に高い収益性を確保した。
- TOKYO BASE 有価証券報告書 第8期(2016年2月期)【表紙】
- [4]「創業から3期目」=2014年2月期は有報の期数と矛盾(第8期=2016年2月期〔FY15表紙〕から逆算すると2014年2月期は第6期、2015年2月期は第7期)
2015年9月、東京証券取引所マザーズに株式上場[5]した。創業から6年9か月での上場であり、アパレル業界のスタートアップとしては異例の早さだった。上場時の時価総額は約100億円規模で、谷氏の保有株式比率は19.38%だった(資産管理会社の保有分を合わせると約27.5%)。上場と並行して、谷氏は次の成長軸として独自ブランド『UNITED TOKYO』を立ち上げた。[6]STUDIOUSが20代から30代前半のファッション感度の高い層を顧客にしていたのに対し、UNITED TOKYOは20代から40代の層を対象に『ベーシックかつ上質な日本製』を掲げる新業態として展開を開始した。Made in Japanという軸は維持しつつ、自社企画SPA型に近い形でブランドを所有することで、粗利率を一段高める収益構造を狙った設計だった。セレクトショップ業態(STUDIOUS)と自社企画SPA業態(UNITED TOKYO)の2本柱化は、編集力と商品開発力という異なる収益源を1社の中に並走させる構造をつくった。
- TOKYO BASE 有価証券報告書 第18期(2026年1月期)【沿革】
- [5]東証マザーズ上場は2015年9月。「2015年7月」と矛盾
- [6]UNITED TOKYO業態の開始は2015年3月。2015年中の立ち上げとして整合(上場〔2015年9月〕の約半年前)
2016年6月、社名を[7]『株式会社STUDIOUS』から『株式会社TOKYO BASE』へ変更した。STUDIOUSという1ブランド名を社名に冠する状態から、複数ブランドを束ねる持株会社に近い名称への移行であり、海外進出も視野に入れた『東京を拠点とする』というアイデンティティを社名で表明した。同時期、香港進出の準備を本格化させ、2016年9月には現地法人TOKYO BASE HONG KONG.,Ltd.を設立した。[8]創業から8年で社名を変え、海外進出にも踏み込んだ転換期にあたる。商号変更は谷氏の海外展開構想と直結しており、『東京を世界へ売る』というブランドステートメントを社名そのものに織り込む狙いがあった。
- TOKYO BASE 有価証券報告書 第8期(2016年2月期)【表紙】
- [7]商号変更は2016年6月(timeline。FY15有報表紙にも「平成28年6月1日から会社名を変更」と注記)。「2016年9月」と矛盾
- TOKYO BASE 有価証券報告書 第18期(2026年1月期)【沿革】
- [8]2016年9月 香港に100%子会社TOKYO BASE HONG KONG.,Ltd.を設立
- TOKYO BASE 有価証券報告書 第8期(2016年2月期)【表紙】
- [4]「創業から3期目」=2014年2月期は有報の期数と矛盾(第8期=2016年2月期〔FY15表紙〕から逆算すると2014年2月期は第6期、2015年2月期は第7期)
- [7]商号変更は2016年6月(timeline。FY15有報表紙にも「平成28年6月1日から会社名を変更」と注記)。「2016年9月」と矛盾
- TOKYO BASE 有価証券報告書 第18期(2026年1月期)【沿革】
- [5]東証マザーズ上場は2015年9月。「2015年7月」と矛盾
- [6]UNITED TOKYO業態の開始は2015年3月。2015年中の立ち上げとして整合(上場〔2015年9月〕の約半年前)
- [8]2016年9月 香港に100%子会社TOKYO BASE HONG KONG.,Ltd.を設立
業界逆張りで作った「定価販売×自社オリジナル比率」の競争優位
TOKYO BASE創業の最初の8年間で確立された競争優位は、業界の常識と逆を行く2点に集約される。第1にMade in Japan専業という編集軸であり、輸入ブランド主体だったセレクトショップ業態の中で、日本人デザイナーのブランドのみを並べる店舗を独自ポジションとして確立した。第2に定価販売へのこだわりであり、業界の慣行となっていたセール販売による値引き処分を意図的に抑制し、プロパー消化率の高さを収益性の源泉とした。FY16(2017年2月期)の売上総利益率は53.2%、販管費率39.4%、営業利益率13.8%という構造は、セール依存型の競合との収益力の差を端的に示していた。
並行して、UNITED TOKYO投入から1年で売上高比率を10%超まで引き上げた展開速度も、創業期の競争優位を支えた要素だった。STUDIOUS店舗にUNITED TOKYO商品を並べる相互送客と、UNITED TOKYO単独店舗の路面出店を並行させ、ブランド認知とチャネル拡大を同時進行させる手法を取った。アパレル業界で新規ブランドの立ち上げは通常3〜5年を要するが、TOKYO BASEは既存STUDIOUS顧客の信頼を活かしてUNITED TOKYOを短期間で軌道に乗せた。創業から8年で売上高約93億円・上場・第二ブランド確立まで完走させた経緯は、編集力とブランド開発力を1社内で並走させた異色のアパレル企業の原型を作った時期にあたる。