2004年〜 ソニー金融3社の束ね役として発足し市場第一部に上場した6年
ソニーフィナンシャルグループの業績推移:単体
- 2004年 ソニーからの会社分割によりソニーフィナンシャルHDを設立
- 2007年 東京証券取引所市場第一部に株式を上場
「金融素人」から始めた異種3社の持株会社設立
2004年4月、ソニー株式会社からの会社分割[1]によりソニーフィナンシャルホールディングス(SFH)が東京都千代田区に設立された。同年3月には金融庁から保険業法に基づく保険持株会社と銀行法に基づく銀行持株会社の双方の設立認可を取得し[2]、傘下にソニー生命保険・ソニー損害保険・ソニー銀行の3[3]社を置く中間持株会社として発足した。3社の出自はそれぞれ異なる。ソニー生命は1979年に米プルデンシャル生命との合弁で設立され[4]、男性大卒のライフプランナーによる対面コンサルティング販売を国内で初めて導入した会社である。ソニー損保は1998年に設立されたダイレクト[5]型自動車保険の専業会社で、ソニー銀行は2001年に三井住友銀行などの出資を得て開業したネット[6]銀行だった。
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [1]2004年4月 ソニー株式会社からの会社分割によりSFHを設立
- [2]2004年3月 金融庁から保険持株会社・銀行持株会社の設立認可を取得
- [3]傘下3社はソニー生命保険・ソニー損害保険・ソニー銀行
- ソニー生命保険 沿革
- [4]ソニー生命は1979年 米プルデンシャル生命との合弁で設立
- ソニー損害保険 会社概要
- [5]ソニー損保は1998年設立のダイレクト型自動車保険専業会社
- ソニー銀行 沿革ページ
- [6]ソニー銀行は2001年に三井住友銀行などの出資を得て開業したネット銀行
販売チャネルも商品性も顧客層も異なる3社を1つの持株会社のもとに集約したのが2004年の設立で、第2代社長の徳中暉久氏は[7]人がやらない領域に挑むことこそがソニーの金融事業の出発点だとする見方を示し、3社の事業哲学を1つの言葉で束ねた。ライフプランナー、ダイレクト型、ネット銀行という3つの業態はいずれも、当時の主流チャネルと異なる位置取りであり、業界の常識からみれば後発の挑戦者である。第3代社長の井原勝美氏はのちに[8]、ソニーは金融に関しても素人同然の立場から市場と顧客に学びながらゼロベースでビジネスモデルを作り上げたと振り返り、業界外からの参入だからこそ既存の枠を踏襲しない事業設計が可能だったとの見方を示した。
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
- [7]徳中暉久氏は第2代社長
- [8]井原勝美氏は第3代社長
ホールディングス設立の狙いは資本効率と監督体制の2つにあった。生命保険・損害保険・銀行の3業態は、それぞれ異なる業法に基づく規制を受け、自己資本規制も別個に運用される。3社を別々にソニー本体傘下に置く形だと、グループ全体としての資本配分と健全性管理が分散して効率が落ちる。SFHを設立して傘下に金融3社を集約することで、業法ごとの個別監督に加え、グループ全体のリスク管理とシナジー追求を経営課題として一元化できる体制を整えた。設立から3年後の2007年6月にはソニー銀行が証券子会社のソニーバンク証券を設立し[9]、同年8月にはソニー生命が米エイゴン・グループとの折半出資[10]で変額年金専業のソニーライフ・エイゴン・プランニングを設立、金融3社を中心に周辺領域へ事業を広げる動きも始まった。
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [9]2007年6月 ソニー銀行が証券子会社ソニーバンク証券を設立
- [10]2007年8月 ソニー生命がエイゴン・グループとの折半出資でソニーライフ・エイゴン・プランニングを設立
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [1]2004年4月 ソニー株式会社からの会社分割によりSFHを設立
- [2]2004年3月 金融庁から保険持株会社・銀行持株会社の設立認可を取得
- [3]傘下3社はソニー生命保険・ソニー損害保険・ソニー銀行
- [9]2007年6月 ソニー銀行が証券子会社ソニーバンク証券を設立
- [10]2007年8月 ソニー生命がエイゴン・グループとの折半出資でソニーライフ・エイゴン・プランニングを設立
- ソニー生命保険 沿革
- [4]ソニー生命は1979年 米プルデンシャル生命との合弁で設立
- ソニー損害保険 会社概要
- [5]ソニー損保は1998年設立のダイレクト型自動車保険専業会社
- ソニー銀行 沿革ページ
- [6]ソニー銀行は2001年に三井住友銀行などの出資を得て開業したネット銀行
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
- [7]徳中暉久氏は第2代社長
- [8]井原勝美氏は第3代社長
公開価格40万円・吸収金額3,480億円のIPOと親子上場の出発
2007年10月11日、SFHは[11]東京証券取引所市場第一部に株式を上場した。公開価格は1株40万円[12]、吸収金額は3,480億円で[13]、2007年の国内IPOとしては年間最高額だった。野村證券とJ.P.モルガン証券が主幹事を務め、初値は公開価格を5%上回る42万円、初値時価総額は約9,000億円となった[14]。SFHは資金調達額2,176億円を金融3子会社への投融資に充当する計画[15]を示し、生命保険の責任準備金積み増しと銀行の自己資本拡充、損保の事業基盤投資に振り向ける構図を整えた。ソニー本体は上場後も6割超の株式を握り続け、グループ内に親子上場の構造ができあがった。親子上場は当時の日本では一般的だったが、後年の経営判断の自由度との関係で投資家サイドからの論点となる伏線が、この時点でグループ構造に組み込まれた。
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [11]2007年10月11日 SFHが東証市場第一部に上場
- 日本経済新聞(2007年10月11日)
- [12]公開価格は1株40万円
- Bloomberg(2007年10月11日)
- [13]吸収金額は3,480億円
- [14]初値は42万円・初値時価総額は約9,000億円
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書
- [15]資金調達額2,176億円を金融3子会社への投融資に充当する計画
上場直後の2007年度(FY07)連結売上高は8,221億円、経常利益445億円、親会社株主に帰属する当期純利益243億円となった。ソニー生命の責任準備金が利益の太宗を支え、ソニー銀行とソニー損保は規模拡大の途上で利益貢献は限定的にとどまった。生保中心の業績構造は以後も基本的に変わらず、グループ収益のほとんどをソニー生命のライフプランナーチャネルから生み出すモデルが上場時から固まっていた。グループ間連携の議論もこの時点で経営方針説明会のテーマとして登場し、ダイレクトマーケティングノウハウやリスク管理手法の3社間共有が、クロスセル以外のグループシナジーとして模索された。
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [11]2007年10月11日 SFHが東証市場第一部に上場
- 日本経済新聞(2007年10月11日)
- [12]公開価格は1株40万円
- Bloomberg(2007年10月11日)
- [13]吸収金額は3,480億円
- [14]初値は42万円・初値時価総額は約9,000億円
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書
- [15]資金調達額2,176億円を金融3子会社への投融資に充当する計画
リーマン・ショック直後の損失計上とMCEV開示の前倒し
2008年9月のリーマン・ショックは、上場1年弱のSFHを直撃した。FY08連結売上高は8,603億円、経常利益342億円、親会社株主に帰属する当期純利益307億円で、減損処理額98億円を計上したものの[16]前年比で当期純利益を確保した。一方で、ソニー生命の特別勘定で運用していた変額保険・変額個人年金は世界の株式急落で35.9%の評価損を抱え[17]、保険会社としての含み損益の透明性確保が課題となった。SFHはこのタイミングで、欧州CFOフォーラムが2008年6月に発表したMCEV原則に準拠した経済価値ベースのエンベディッド・バリュー(MCEV)開示を国内生保で先駆的に始めた。MCEVは8,165億円から4,009億円に半減した後[18]、FY10には8,940億円まで戻り、株価指数連動性の高さを開示で可視化した。
- 経営方針説明会(2009年6月4日)
- [16]FY08 減損処理額98億円を計上
- 経営方針説明会(2010年6月4日)
- [17]変額保険・変額個人年金が株式急落で35.9%の評価損
- 経営方針説明会(2011年6月4日)
- [18]MCEVは8,165億円→4,009億円→FY10に8,940億円へ推移
リーマン・ショック直後の経営方針説明会で、当時の経営陣は3社の事業構造そのものは維持し、各社の自己資本水準と商品ポートフォリオの調整で対応する判断を示した。ソニー生命は死亡保障性商品と生前給付・介護保険を主力に据える方針を堅持し、ライフプランナーチャネルを縮小せず継続採用を続けた。ソニー銀行は外貨預金・住宅ローン・投資信託販売を引き続き主力に据え、預金残高拡大による資金収益確保を優先した。ソニー損保は通販型自動車保険市場で上位の地位を維持し、業務効率化のシステム投資をリーマン・ショック後に前倒しで実施した。3社の事業領域の異質性が結果的にショック耐性を高め、グループ全体としては当期純利益を維持できた構図である。
第2代社長の徳中暉久氏は2010年6月の総会で第3代社長の井原勝美氏に交替した[19]。徳中元社長は2004年4月の設立直後から2010年6[20]月までの約6年間、上場準備とリーマン・ショック対応を含む創業期を率いた人物である。井原元社長は前職でソニー本体のCFOを務めた経歴を持ち、財務畑からSFHに着任して経営の連続性と財務規律を引き継ぐ役回りを担った。同じ年にFY10の連結売上高は1兆200億円を初めて突破し、経常利益768億円、親会社株主に帰属する当期純利益417億円と、リーマン・ショック後の収益回復が数字に現れた。創業期の最終年度を1兆円超の売上で締めた経営陣の交替劇は、次の10年に向けた事業構造の問い直しを経営陣に課す布石となった。
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
- [19]第2代社長 徳中暉久氏が2010年6月に第3代社長 井原勝美氏へ交替
- [20]徳中元社長は2004年4月の設立直後から2010年6月まで約6年間在任
- 経営方針説明会(2009年6月4日)
- [16]FY08 減損処理額98億円を計上
- 経営方針説明会(2010年6月4日)
- [17]変額保険・変額個人年金が株式急落で35.9%の評価損
- 経営方針説明会(2011年6月4日)
- [18]MCEVは8,165億円→4,009億円→FY10に8,940億円へ推移
- ソニーフィナンシャルホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
- [19]第2代社長 徳中暉久氏が2010年6月に第3代社長 井原勝美氏へ交替
- [20]徳中元社長は2004年4月の設立直後から2010年6月まで約6年間在任